神の子を宿した追放巫女は守り神が愛する天縁ノ神花に返り咲く

 環海に浮かぶ極東の国・天縁国(てんえんこく)
 国を守護する守り神の加護と大神に仕える大小様々な神々の息吹に包まれた小さな国は、約二百年にも及ぶ鎖国を経て異邦の国々へ門戸を開いたのだった。
 長きに渡る閉ざされた年月の間に独自の文化を誕生させた天縁国には、他に類を見ない独特の方法で次の統治者を誕生させていた。
 それが古の時代より国の守護者たる守り神の神託によって指名された巫覡(ふげき)一族の巫女が次代の統治者となる御子を産むというもの。
 守り神に選ばれた「神ノ巫女」と呼ばれる巫女の娘が産んだ御子が、この国の次期帝として国を治めることになるのだった。
 この血統による世襲制ではなく神のお告げによる神に委ねられた代替わりというのが諸外国では物珍しいようで、開国から三十年が経過しても未だに「神ノ巫女」を一目見ようと、他国から来日する使者や研究者の足が途絶えることは無かった。
 そんな「神ノ巫女」を代々輩出する巫覡一族の常盤(ときわ)家では、今宵も国が信奉する守護神に選ばれた「神ノ巫女」を照覧しようと、西の大国より来訪した使者をもてなす小さな宴が開かれていた。
 屋敷の中庭に作られた即席の舞台では、「神ノ巫女」に選ばれた少女の巫女舞が間もなく終盤に差し掛かろうとしていた。
 小夜を切り裂くように豪奢な舞扇を翻せば、白生地で仕立てられた千早と背中で一本にまとめられた艶やかな黒髪が宙を舞い、反対手に握る神楽鈴は少女の動きに合わせて軽やかな音色を響かせながら、時折天頂の白い月を照らして眩いばかりに輝きを増す。
 舞台を囲むように設置された数本の蝋燭の灯された夜火が、薄く白塗りして紅を引いただけのあどけない少女が舞う舞台ごと屋敷全体をますます幻想的な世界へと誘ったのだった。
 顔や額に浮かぶ玉の汗さえ魅力の一つに変えて舞い続ける少女に誰もが息を止めて見守る中、やがて少女は腰を落とすと持っていた舞扇と神楽鈴をそれぞれ控えていた侍女に渡す。
 巫女舞に添える雅楽の一切も鳴り止むと、庭に植えられた守護神が宿るとされる樹齢千年を超えるほぼ朽ち木となった神木に向かって、天冠を付けた頭で深く拝礼したのだった。

「掛けまくも畏き大神に『神ノ巫女』が奏上いたします。御国を脅かす諸々の禍事、罪、穢、有らむをば祓へ清め給えと。(まを)すことを(かしこ)(かしこ)みを(まを)す……」
 
 静寂が辺りを包む中、やがて神木が少女に答えるようにわずかに残った葉を大きく揺らして葉擦れの音を立てると、それを合図に少女が音も無く立ち上がる。
 そのまま優雅に舞台を立ち去る少女に西洋国より渡来した金髪碧眼の来訪者たちは惜しみ無い賞賛の拍手を送り、宴席から見守っていた少女の両親は鼻高々に満足そうな笑みを浮かべたのだった。
 やがて少女が宴会の席となっている中庭に面する座敷に姿を見せると、その姿を見付けた来訪者の一人が上機嫌のまま自国の言葉で何かを捲くし立て、通訳官として同行していた洋装の中年男性が少女と少女の両親へと言葉を伝えた。

「エスターク様は、大変素晴らしい舞で感動しました。『神ノ巫女』の捧げる舞がこの国の大神をも魅了する天上の舞だという噂は本当だったのですね、と申しております」
「まあ、お褒めいただきありがとうございます。さあ貴女からもお礼を言いなさい、寿々葉(すずは)
「勿体なきお言葉、恐れ入りますわ。異国からの使者様」

 母親に促されて先程まで舞を披露していた寿々葉が一礼する。柔和な笑顔を見せれば、エスタークを始めとする使者たちは頬を赤くしてあからさまに寿々葉から目を逸らしたのだった。そして会話が途切れたのを見計らって、寿々葉が傍らの母親の腕に触れる。

「お母様、わたくしはそろそろ……」
「あら、そうだったわ。勝手ながら、娘は一度着替えのために退出をさせていただきます。引き続きご歓談くださいませ」

 そうして寿々葉と母親は宴席の場を出て、奥の座敷へと向かう。人の気配が無くなると、先程まで顔に貼り付けていた人の良さそうな笑みを取り払って、奥座敷で舞台の後片付けをしていた侍女の一人の元に向かったのだった。

「この装束はどういうことよ! 千紘っ!!」

 奥座敷中に響き渡るような怒声で千紘と呼ばれた侍女がギクッと大きく肩を震わせる。怯えたように身体を揺らしながら、その場で平伏したのだった。