神の子を宿した追放巫女は守り神が愛する天縁ノ神花に返り咲く

「どうやら貴様は特別な存在らしい。それ以前に邪神に堕ちかけていた俺を助けて、未だに見聞きして会話が出来ている時点でそのような気はしていたが」
「では貴方様が、わたしが身を捧げた邪神ということになりますか?」
「人の世ではそんなことになっていたのか。まあ、良い」

 意味深に息を吐き出した青年は千紘の顎を掴むと上を向かせる。冴え冴えとした笑みを浮かべる艶のある美貌に目を奪われていると、青年は宣言したのだった。

「これより貴様は俺と生きるのだ。この国の守り神――碧樹(たまき)の『天縁(てんえん)神花(しんか)』として」
「『天縁ノ神花』……? 守り神様の巫女になんてなれません! だってその役目に選ばれたのは義妹(いもうと)で……」
「『天縁ノ神花』は巫女では無い。守り神である俺の子を宿せる唯一無二の花嫁のことだ。それに貴様はまだ気付いておらぬのか、その弱り切った心臓の代わりを果たしているのが俺の子供だということに」
「心臓の代わりに貴方様の御子を……?」

 反射的に自分の腹を押さえてしまう。掌に巫女の力を集めて意識を集中させれば、身体の奥底からドクドクと静かに脈動する気配を感じたのだった。

「そっ、そんな……」
 
 背中を嫌な汗が流れたところで、遮るように手首を掴まれてしまう。不機嫌そうな顔で千紘を見下ろす碧樹と目が合った瞬間、悲しそうに翡翠色の瞳が揺れたのを千紘は見逃さなかった。
 
「それくらいにしておけ……腹に子がいる状態で巫女の力を使うな」
 
 そうして千紘が答える前に先程まで寝かされていた祭壇まで引っ張られるが、千紘の肩を支えるように肩に回された手には力が込められておらず、身体を慮ってくれているのが伝わってきた。
 依然として仏頂面は変わらないが、碧樹なりの不器用な優しさに心が温かくなったのだった。

「命尽きかけた貴様の命の代わりとして俺の神力で子を宿らせたが、相性が悪ければ塗炭の苦しみを味わった後に貴様の命は尽きていただろうな。そうならなかったのは、貴様が『天縁ノ神花』である証に他ならない。選ばれた運命に感謝することだ」
「ですが、神聖な守り神様である貴方様の子を産む役目を担うのは、『神ノ巫女』に選ばれた義妹のはずです。私はただのなりそこないで、家から追放されて生贄として捧げられた巫女なだけです……」
「それが間違っていたのだ。そもそも俺は貴様の義妹を『神ノ巫女』に選んだ覚えが無い」
「そんなはずはありません! 守り神様が下した神託では義妹を差していましたし、現に義妹は貴方様の子を身籠ったと申しておりまして……」
「何度もくどい!」

 碧樹が張り上げた声に身を縮めた千紘が言葉を噤んでいる間に石の祭壇まで戻ってくると、碧樹は石の祭壇に千紘を座らせてその前に膝をつく。国を守護する守り神を跪かせるわけにもいかずに立ち上がろうとすれば、目だけで「座っていろ」と圧を掛けられてしまう。
 
「良いから、よく聞け。貴様は邪神に堕ちかけた俺を身を挺して救ったが、その代償として死に瀕した。そこで俺が心の臓の代わりとして神力を分け与えたところ、貴様自身が持つ巫女の力と混ざり合って子として形を成したのだ。そうして貴様の胎内に芽吹いた子が貴様の止まりかけた命の代わりを果たした。それが出来るのも貴様が俺の子を宿せるたった一人の花嫁――『天縁ノ神花』に他ならない」

 そして碧樹は千紘の傷だらけの手を取ると顔を寄せる。囁くように言葉を紡いだのだった。
 
「故に俺は誓おう。貴様――千紘をたった一人の『天縁ノ神花』として愛し、至上の者として誰よりも大切にすることを。存在を脅かす者がいれば、俺は正にも悪にもなろう。どうか俺を受け入れてくれ……」

 戸惑う千紘が返事をする間も無く、碧樹は手の甲に口付けを落とす。柔らかな唇の感触を感じた途端、千紘の身体が大きく震えると身体の中で激しく脈打つ鼓動を感じて落ち着かない気持ちになる。

「わっ、わたしに、そんな価値は……」

 無い、と言い掛けた言葉は真剣な顔で手の甲に口付ける碧樹の姿で飲み込んでしまう。代わりに出てきたのは自分らしくない言葉だった。

「貴方様の御子を産んだのなら、まだ『誰かの必要な存在』でいられますか……? 貴方様の『神ノ巫女』にもなれず、何の役にも立たない『無能力者』の私でも……」
「無論だ。貴様が産むのは神である俺の子。この国を統べる次の統治者でもある。その母となる貴様が不要なはず無かろう。その腹の子と共に俺が守護する国を千年の安寧に導いてくれ。愛しい『天縁ノ神花』よ」

 そして碧樹が握ってくれた手を千紘は握り返す。満足そうな顔で微笑む碧樹に答えるように、千紘も微笑したのだった。