「『神ノ巫女』殿……!? その腹はいったい!?」
「これはその……お腹の子がなかなか大きくならないから、周りに心配を掛けないように布で大きくみせていただけよ……!」
「いいえ。寿々葉様は嘘をついています」
寿々葉が役人たちに詰め寄られている間に枯れ木となった神木までやってきた千紘はふうっと息を吐き出す。
朽ちた枝だけを伸ばす神木の幹に片手をついて目を瞑ったのだった。
「何をしようというんだ……!?」
「ご当主様は黙ってください」
ぴしゃりと千紘が返すと水を打ったように静まり返る。幹に触れる掌を通して、これまでこの神木が見てきた数々の常盤家の悪行が頭の中に流れ込んでくる。どうにかしてこれを公表できないかと千紘は考えるが、まずはこの神木を復活させることが先決だ。
千紘は掌に巫女の力を込めると、薄く目を開ける。その目はいつもの黒色ではなく、碧樹と同じ翡翠色に染まっていた。
「……お願い。咲いて……」
囁くような願い事を口にした瞬間、神木が内側から白い光を放つ。植物の成長を早送りしているかのように葉が生え始めたかと思うと、あっという間に蕾が膨らんで白い花を咲かせる。桜の花びらに似た白い花が神木全体を包むと甘い香りのする白い花びらが夜風に乗って宙を舞ったのだった。
「これは……!? 神木が復活したのか?」
「それだけではないぞ」
不意に隣に気配を感じたかと思うと、天から降りるように碧樹が姿を現わす。こうして人の世で見ると碧樹からは人間離れした清らかな気配を感じて、千紘は頬を緩めたのだった。
「我が『天縁ノ神花』が咲かせた神木の花びらを見よ。興味深い光景が写っておろう」
地面に落ちた花びらは鏡のように表面がつやつや輝いていたかと思うと、急に人の姿が現れる。そこに映っていたのは寿々葉の父親と見たことがない政府の役人であった。寿々葉の父親は風呂敷包みを役人に渡しながら声を潜めて話す。
『……では、これで証言をお願いできますな』
『勿論でございます。神木への『神ノ巫女』のお伺い。寿々葉お嬢様の名前を発言していたと証言いたします……』
『あんな枯れ木が『神ノ巫女』を証言するとは思わんが念のためな。これで我が家も安泰。先代が押し付けてきたあんな『無能力者』をこれで追放できるのならせいせいする……』
会話はそこで途絶えていたが、寿々葉の父親は真っ青な顔になって「こんなのはでたらめだ!」と花びらを踏みつける。しかしそこかしこの花びらから同じような光景が写り、中には寿々葉の母親が「見栄えが悪い」という理由で神木の枯れ木を切ってそれを下男の仕業にしたものや、寿々葉が神木を蹴って的当て遊びの的にした場面もあったのだった。
これには役人たちも怒り心頭に発したのか千紘以外の常盤家の三人を拘束すると、使用人たちから詳しい事情聴取をすることになった。夜が明けて寿々葉たちが連行されてしまうと、屋敷には千紘と碧樹だけが残されたのだった。
「よくやった、千紘。これで俺はこの地の災厄を防ぐことができる」
縁側から再び花を咲かせた神木を眺めながら、千紘と碧樹は静かに言葉を交わす。
「碧樹様はこうなることをご存じだったのですか?」
「まあな。“心眼”の異能の真の力は秘められた真実を明かす“眼”を意味する。ただ花びらにこれまでの常盤家の悪行が写ったのは間違いなく腹の子のおかげだ」
碧樹は我が子を褒めるように千紘の腹に触れつつ千紘に顔を近付けると、「その澄んだ翠色の瞳もその証だ」と告げたのだった。
「これから常盤家はこれまでの悪事を暴かれて裁きを受けるだろう。使用人たちの刑は軽いかもしれないが、両親は国内追放か……『神ノ巫女』を騙った義妹はもっと重いだろうな。他の神々への供物にされるに違いない」
「それは……」
「同情するな。相応の報いだ。それより懸念が無くなった以上、神花は腹の子を産むことに集中しろ。『天縁ノ神花』の存在が朝廷の役人たちに知られた以上、奴らは神花と腹の子供を帝の妻子にと考えるかもしれん」
「碧樹様は一緒にいてくださらないのですか?」
「……俺と暮らす理由なんてもう無いだろう」
「ありますよ。碧樹様はこの子の父親です。『天縁ノ神花』が産む子供には、天縁国の守り神様である父親が必要です」
「言うようになったな」
満足そうに笑った碧樹は千紘の頬に軽く口付けると宣言する。
「俺は天縁国の神として、腹の子の父親として、そして『天縁ノ神花』の夫として誓おう。永遠に二人を愛することを……俺と共に生きてくれるか、千紘?」
「はい。私は碧樹様を夫として、お腹の子の父親として、貴方様と共に生きることを誓います」
そして二人は深く唇を合わせる。柔らかな風に乗って陽光を受けた神木の白い花びらが祝福するように二人を包み、いつまでも変わらぬ愛を誓う守り神と「天縁の神花」の明るい未来を照らし続けることを約束したのだった。
やがて天縁国の守護神が選んだ「天縁の神花」は一人の御子を産み落とす。
国を守護する神が愛する唯一人の花嫁に選ばれた巫女と二人の間に産まれた御子の話は、国中の女性が憧れる恋物語としていつまでも語り継がれるのだった――。
「これはその……お腹の子がなかなか大きくならないから、周りに心配を掛けないように布で大きくみせていただけよ……!」
「いいえ。寿々葉様は嘘をついています」
寿々葉が役人たちに詰め寄られている間に枯れ木となった神木までやってきた千紘はふうっと息を吐き出す。
朽ちた枝だけを伸ばす神木の幹に片手をついて目を瞑ったのだった。
「何をしようというんだ……!?」
「ご当主様は黙ってください」
ぴしゃりと千紘が返すと水を打ったように静まり返る。幹に触れる掌を通して、これまでこの神木が見てきた数々の常盤家の悪行が頭の中に流れ込んでくる。どうにかしてこれを公表できないかと千紘は考えるが、まずはこの神木を復活させることが先決だ。
千紘は掌に巫女の力を込めると、薄く目を開ける。その目はいつもの黒色ではなく、碧樹と同じ翡翠色に染まっていた。
「……お願い。咲いて……」
囁くような願い事を口にした瞬間、神木が内側から白い光を放つ。植物の成長を早送りしているかのように葉が生え始めたかと思うと、あっという間に蕾が膨らんで白い花を咲かせる。桜の花びらに似た白い花が神木全体を包むと甘い香りのする白い花びらが夜風に乗って宙を舞ったのだった。
「これは……!? 神木が復活したのか?」
「それだけではないぞ」
不意に隣に気配を感じたかと思うと、天から降りるように碧樹が姿を現わす。こうして人の世で見ると碧樹からは人間離れした清らかな気配を感じて、千紘は頬を緩めたのだった。
「我が『天縁ノ神花』が咲かせた神木の花びらを見よ。興味深い光景が写っておろう」
地面に落ちた花びらは鏡のように表面がつやつや輝いていたかと思うと、急に人の姿が現れる。そこに映っていたのは寿々葉の父親と見たことがない政府の役人であった。寿々葉の父親は風呂敷包みを役人に渡しながら声を潜めて話す。
『……では、これで証言をお願いできますな』
『勿論でございます。神木への『神ノ巫女』のお伺い。寿々葉お嬢様の名前を発言していたと証言いたします……』
『あんな枯れ木が『神ノ巫女』を証言するとは思わんが念のためな。これで我が家も安泰。先代が押し付けてきたあんな『無能力者』をこれで追放できるのならせいせいする……』
会話はそこで途絶えていたが、寿々葉の父親は真っ青な顔になって「こんなのはでたらめだ!」と花びらを踏みつける。しかしそこかしこの花びらから同じような光景が写り、中には寿々葉の母親が「見栄えが悪い」という理由で神木の枯れ木を切ってそれを下男の仕業にしたものや、寿々葉が神木を蹴って的当て遊びの的にした場面もあったのだった。
これには役人たちも怒り心頭に発したのか千紘以外の常盤家の三人を拘束すると、使用人たちから詳しい事情聴取をすることになった。夜が明けて寿々葉たちが連行されてしまうと、屋敷には千紘と碧樹だけが残されたのだった。
「よくやった、千紘。これで俺はこの地の災厄を防ぐことができる」
縁側から再び花を咲かせた神木を眺めながら、千紘と碧樹は静かに言葉を交わす。
「碧樹様はこうなることをご存じだったのですか?」
「まあな。“心眼”の異能の真の力は秘められた真実を明かす“眼”を意味する。ただ花びらにこれまでの常盤家の悪行が写ったのは間違いなく腹の子のおかげだ」
碧樹は我が子を褒めるように千紘の腹に触れつつ千紘に顔を近付けると、「その澄んだ翠色の瞳もその証だ」と告げたのだった。
「これから常盤家はこれまでの悪事を暴かれて裁きを受けるだろう。使用人たちの刑は軽いかもしれないが、両親は国内追放か……『神ノ巫女』を騙った義妹はもっと重いだろうな。他の神々への供物にされるに違いない」
「それは……」
「同情するな。相応の報いだ。それより懸念が無くなった以上、神花は腹の子を産むことに集中しろ。『天縁ノ神花』の存在が朝廷の役人たちに知られた以上、奴らは神花と腹の子供を帝の妻子にと考えるかもしれん」
「碧樹様は一緒にいてくださらないのですか?」
「……俺と暮らす理由なんてもう無いだろう」
「ありますよ。碧樹様はこの子の父親です。『天縁ノ神花』が産む子供には、天縁国の守り神様である父親が必要です」
「言うようになったな」
満足そうに笑った碧樹は千紘の頬に軽く口付けると宣言する。
「俺は天縁国の神として、腹の子の父親として、そして『天縁ノ神花』の夫として誓おう。永遠に二人を愛することを……俺と共に生きてくれるか、千紘?」
「はい。私は碧樹様を夫として、お腹の子の父親として、貴方様と共に生きることを誓います」
そして二人は深く唇を合わせる。柔らかな風に乗って陽光を受けた神木の白い花びらが祝福するように二人を包み、いつまでも変わらぬ愛を誓う守り神と「天縁の神花」の明るい未来を照らし続けることを約束したのだった。
やがて天縁国の守護神が選んだ「天縁の神花」は一人の御子を産み落とす。
国を守護する神が愛する唯一人の花嫁に選ばれた巫女と二人の間に産まれた御子の話は、国中の女性が憧れる恋物語としていつまでも語り継がれるのだった――。



