(帰ってきたんだわ。私……)
もう帰ってくることが無いと思っていた常盤家を見渡すと背後の枯れ木を見上げる。人の世はもう夜も深い時間帯だったようで、枯れ木は暗闇の中でぼんやりと浮かんでいた。
そこに千紘が顕現した気配を感じたのか、屋敷からバラバラと足音が迫る。侵入者だと思って駆け付けたのか、下働きの下男や下女たちは千紘の姿を見つけるとまるで幽霊を見たように顔面を蒼白にして立ち止まったのだった。誰もが邪神の生贄に差し出されたはずの千紘が生きていることを信じられないというように噂して、その話を聞いたのかしばらくして養父母だった寿々葉の両親と眠たげな様子の寿々葉がやってくる。
寿々葉は寝巻の上からでも分かるくらいお腹が膨らんでいるが、少し違和感を覚えるような膨らみ方でもあった。
「お前はっ!? なぜここにいるのだ!? 贄として邪神の元に行かせたはずだが……」
「きっとわたくしたちを祟ろうと蘇ったのよ! わたくしが『神ノ巫女』に選ばれた腹いせに……ねえ、早く祓ってちょうだい!! このままではわたくしもお腹の子も死んでしまうわっ!!」
碧樹が言っていたように鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする三人が滑稽でならない。寿々葉の腹の子供が碧樹が授けた子供じゃないと知っているからか、よりおかしく思えてしまう。
「ただいま戻りました。ご当主様、奥様、寿々葉様。寿々葉様が神木を復活させると聞いて、守り神様に無理を言って身重の身体をこの地に転送してもらったのです」
「守り神様? 身重の身体? 何を言っているのか分からなくてよ!」
「奥様も寿々葉様やご当主様と同じように私を邪神の生贄に差し出そうとしたのだからご存じですよね。私が命を差し出した邪神というのが守り神様だったのです。そして守り神様に助けられて命を宿しました。守り神様の御子をこの身に……」
わざとらしく子供がいるように腹を強調するように撫でれば、寿々葉たちが息を呑んだ。「そんな……」と呟く声まで聞こえてきて、千紘は覚悟を決めて申し出たのだった。
「北の地で災害が起こり、朝廷の命令で神木を依り代に神降ろしの儀を行うと聞いて居ても立っても居られず戻ってきました。神木の復活の儀を私にやらせてください。必ず成功させて、守り神様をこの地に降ろします」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい!! 神降ろしの儀の大役を任されたのは『神ノ巫女』に選ばれた私たちの娘なのよ!! お前なんかじゃない!! どうせ腹の子というのもでっち上げているだけでしょう……」
「真偽を確かめたいのなら、守り神様に直接尋ねてみてはいかがでしょうか。守り神様は全てご覧になっております。皆様が伐採を検討されていたこの神木から。寿々葉様が『神ノ巫女』か確かめた時と同じように。簡単でしょう?」
千紘の言葉を後押しするように木々が騒めく。風も吹いていないのに葉擦れの音を立てる木々が不気味に思えたのか、寿々葉たちのたじろぐ姿が屋敷から漏れる微かな光源の中で見えたのだった。
そんな中で屋敷から見慣れない男たちが姿を現わす。就寝中を起こされたのか誰もが寝間着姿だったものの、常盤家の人間ではないのは一目瞭然だった。碧樹が話していた常盤家に不審を抱く朝廷の要人だろうか。
千紘はなるべく腹の負担にならないように早歩きで彼らに近付くと「お願いします」と一礼したのだった。
「事情は全て守り神様より聞きました。私に神木の復活の儀を任せていただけませんか?」
「……すでに晩刻の時に『神ノ巫女』殿に儀式を行ってもらったが、神木に変化は起こらなかった。それを君が代わりにやってくれると?」
「私は守り神様より『天縁ノ神花』に選ばれました。『天縁ノ神花』は守り神様の子を産むだけの『神ノ巫女』とは違って、守り神様の花嫁となれる者。そして今の私は守り神様の子供を身籠り、“心眼”の異能にも目覚めました。必ずやお役に立ってみせましょう」
「でたらめよっ! そんな化け物の言うことなんて耳を傾けないでっ!! この国で守り神様の子を身籠っているのは『神ノ巫女』に選ばれたわたくしだけ。子供なんて偽っているだけよ!」
大股で近寄ってきた寿々葉が千紘の手首を掴むときつく握りしめる。そして取り巻きのように従わせる女中たちの手を借りて、罪人のように千紘を後ろ手で捻り上げたのだった。
「どうせ腹に詰め物をしているだけよ。子供なんて真っ赤な嘘っ!! たまたま邪神の生贄にならずに済んだから頭がおかしくなったのだわ!!」
「違いますっ!! 私は……」
千紘が言い返そうとすると寿々葉に頬を叩かれてしまう。次いで足で腹を蹴られそうになったので咄嗟に避けたが、その弾みで尻もちをついてしまったのだった。
「貴女達、こいつの着物を脱がせてっ!! せっかくよ、大勢の人が集まっているこの場で恥をかかせて二度と表舞台に出てこられないようにしましょう!!」
そんな寿々葉の言葉を合図に押し倒されると、帯締めに手を掛けられて乱暴に脱がされてしまう。足をバタバタさせて地面を蹴りながら「やめてっ、くださいっ!!」と抵抗する千紘だったが、その時に寿々葉の腹から禍々しい光を帯びていることに気付く。そして突然の出来事に役人たちが千紘を羽交い絞めにする使用人たちを止めてくれた隙をついて千紘は寿々葉の元に向かうと、ぎょっとする寿々葉を放って帯締めと帯を強く引っ張る。
寿々葉の両親や取り巻きたちの制止も間に合わず、寿々葉の帯締めと帯を強く引っ張った千紘の足元には丸められた布の塊が転がり、そして乱れた寝巻の下の寿々葉の腹は何の膨らみの無い、平らな形をしていたのだった。
もう帰ってくることが無いと思っていた常盤家を見渡すと背後の枯れ木を見上げる。人の世はもう夜も深い時間帯だったようで、枯れ木は暗闇の中でぼんやりと浮かんでいた。
そこに千紘が顕現した気配を感じたのか、屋敷からバラバラと足音が迫る。侵入者だと思って駆け付けたのか、下働きの下男や下女たちは千紘の姿を見つけるとまるで幽霊を見たように顔面を蒼白にして立ち止まったのだった。誰もが邪神の生贄に差し出されたはずの千紘が生きていることを信じられないというように噂して、その話を聞いたのかしばらくして養父母だった寿々葉の両親と眠たげな様子の寿々葉がやってくる。
寿々葉は寝巻の上からでも分かるくらいお腹が膨らんでいるが、少し違和感を覚えるような膨らみ方でもあった。
「お前はっ!? なぜここにいるのだ!? 贄として邪神の元に行かせたはずだが……」
「きっとわたくしたちを祟ろうと蘇ったのよ! わたくしが『神ノ巫女』に選ばれた腹いせに……ねえ、早く祓ってちょうだい!! このままではわたくしもお腹の子も死んでしまうわっ!!」
碧樹が言っていたように鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする三人が滑稽でならない。寿々葉の腹の子供が碧樹が授けた子供じゃないと知っているからか、よりおかしく思えてしまう。
「ただいま戻りました。ご当主様、奥様、寿々葉様。寿々葉様が神木を復活させると聞いて、守り神様に無理を言って身重の身体をこの地に転送してもらったのです」
「守り神様? 身重の身体? 何を言っているのか分からなくてよ!」
「奥様も寿々葉様やご当主様と同じように私を邪神の生贄に差し出そうとしたのだからご存じですよね。私が命を差し出した邪神というのが守り神様だったのです。そして守り神様に助けられて命を宿しました。守り神様の御子をこの身に……」
わざとらしく子供がいるように腹を強調するように撫でれば、寿々葉たちが息を呑んだ。「そんな……」と呟く声まで聞こえてきて、千紘は覚悟を決めて申し出たのだった。
「北の地で災害が起こり、朝廷の命令で神木を依り代に神降ろしの儀を行うと聞いて居ても立っても居られず戻ってきました。神木の復活の儀を私にやらせてください。必ず成功させて、守り神様をこの地に降ろします」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい!! 神降ろしの儀の大役を任されたのは『神ノ巫女』に選ばれた私たちの娘なのよ!! お前なんかじゃない!! どうせ腹の子というのもでっち上げているだけでしょう……」
「真偽を確かめたいのなら、守り神様に直接尋ねてみてはいかがでしょうか。守り神様は全てご覧になっております。皆様が伐採を検討されていたこの神木から。寿々葉様が『神ノ巫女』か確かめた時と同じように。簡単でしょう?」
千紘の言葉を後押しするように木々が騒めく。風も吹いていないのに葉擦れの音を立てる木々が不気味に思えたのか、寿々葉たちのたじろぐ姿が屋敷から漏れる微かな光源の中で見えたのだった。
そんな中で屋敷から見慣れない男たちが姿を現わす。就寝中を起こされたのか誰もが寝間着姿だったものの、常盤家の人間ではないのは一目瞭然だった。碧樹が話していた常盤家に不審を抱く朝廷の要人だろうか。
千紘はなるべく腹の負担にならないように早歩きで彼らに近付くと「お願いします」と一礼したのだった。
「事情は全て守り神様より聞きました。私に神木の復活の儀を任せていただけませんか?」
「……すでに晩刻の時に『神ノ巫女』殿に儀式を行ってもらったが、神木に変化は起こらなかった。それを君が代わりにやってくれると?」
「私は守り神様より『天縁ノ神花』に選ばれました。『天縁ノ神花』は守り神様の子を産むだけの『神ノ巫女』とは違って、守り神様の花嫁となれる者。そして今の私は守り神様の子供を身籠り、“心眼”の異能にも目覚めました。必ずやお役に立ってみせましょう」
「でたらめよっ! そんな化け物の言うことなんて耳を傾けないでっ!! この国で守り神様の子を身籠っているのは『神ノ巫女』に選ばれたわたくしだけ。子供なんて偽っているだけよ!」
大股で近寄ってきた寿々葉が千紘の手首を掴むときつく握りしめる。そして取り巻きのように従わせる女中たちの手を借りて、罪人のように千紘を後ろ手で捻り上げたのだった。
「どうせ腹に詰め物をしているだけよ。子供なんて真っ赤な嘘っ!! たまたま邪神の生贄にならずに済んだから頭がおかしくなったのだわ!!」
「違いますっ!! 私は……」
千紘が言い返そうとすると寿々葉に頬を叩かれてしまう。次いで足で腹を蹴られそうになったので咄嗟に避けたが、その弾みで尻もちをついてしまったのだった。
「貴女達、こいつの着物を脱がせてっ!! せっかくよ、大勢の人が集まっているこの場で恥をかかせて二度と表舞台に出てこられないようにしましょう!!」
そんな寿々葉の言葉を合図に押し倒されると、帯締めに手を掛けられて乱暴に脱がされてしまう。足をバタバタさせて地面を蹴りながら「やめてっ、くださいっ!!」と抵抗する千紘だったが、その時に寿々葉の腹から禍々しい光を帯びていることに気付く。そして突然の出来事に役人たちが千紘を羽交い絞めにする使用人たちを止めてくれた隙をついて千紘は寿々葉の元に向かうと、ぎょっとする寿々葉を放って帯締めと帯を強く引っ張る。
寿々葉の両親や取り巻きたちの制止も間に合わず、寿々葉の帯締めと帯を強く引っ張った千紘の足元には丸められた布の塊が転がり、そして乱れた寝巻の下の寿々葉の腹は何の膨らみの無い、平らな形をしていたのだった。



