「それではどうされるのですか? まさかこのまま国を放置するつもりでは……」
「朝廷は常盤家に植えられた神木を依り代として俺を地上に降ろすように命じたが、肝心の常盤家には神降ろしの儀を執り行える強い力を持つ巫覡と巫女がいないどころか、依り代となる神木も枯れて使い物にならなくなっている。故に常盤家は朝廷の命令で最後の賭けに出たらしい」
「最後の賭け、ですか?」
「『神ノ巫女』を名乗る娘が神木の復活の儀式を行うつもりらしい。自身が持つ巫女の力を神木に流して神木を再生させる。『神ノ巫女』がもつ巫女の力というのは、腹に神の子がいる時は何十倍も膨れ上がるとされているからな。それを生かして枯れ木を太古のような花木にさせるらしいが、そもそも『神ノ巫女』が身籠っている子供というのは……」
「碧樹様の――守り神様の子供では無いということですよね……」
災害に見舞われた地域も気がかりだが、神木を復活させようとしている寿々葉たちも気になる。
神木が蘇られなかったら、常盤家や寿々葉どころか天縁国にも被害が及んでしまう。そしてそれは国を守護する碧樹の負担にもなる。邪神に堕ちてしまうくらい神力が弱まっている碧樹に力を使わせたのなら、今度こそ碧樹は邪神へと堕ちてしまう。
力の使い過ぎで、このまま消滅してしまうことだって充分あり得る。
ただそのためだけに常盤家に戻るのは怖い。きっとあの家は千紘が邪神を鎮めるために喰われたと思っているだろう。それなのに戻ってしまったら酷い目に遭わされる。暴力や罵倒では済まされないかもしれない。
そんな千紘の心配や不安が伝わったのか、碧樹は膝の上から千紘を下ろすと一人で向かおうとする。
行き先は常盤家だと悟った千紘は咄嗟に袖を掴んでしまったが、碧樹は千紘を宥めるように優しく頭を撫でてくれたのだった。
「神花はここにいると良い。下級神たちが側についている。一度目覚めたのなら、“心眼”の異能はいずれ真の力を発揮する。神の子を無事に産んだ時、貴様は神の子を産んだ母神となる。人の命を超越して神の一柱となるのだ。腹の子がいなくても生きられるようになる。俺の身に何かあっても、腹の子が俺の後を継いで次の守り神となるだろう」
「でも私には碧樹様が必要です。この身は邪神に……碧樹様に捧げました。貴方様の子を産むのが私の役目なら、私には貴方様が必要です。この子にも……」
千紘はそっと目を自身の腹に落とす。まだ胎動を感じたことは無いが、それでも自分の中に存在するもう一つの命を意識しなかったことは無い。
「生まれてくる子には両親の愛情が必要です。人の心や温かさを知らずして人の上に立つことはできません。ですが私には両親の愛情というものが分かりません。実の両親は早くに亡くなり、養父母からは小間使いとして扱われてきました。私には親が子に向ける愛情というものが欠けています」
尽きかけた命の代わりに碧樹の子供が腹の中に宿ったと聞いた時は驚いて、親を知らない自分が母親になれるだろうかと悩みもした。
ただ碧樹の子供を産むということは自分の命を永らえさせるためだけじゃない。この国と引いては国を守護する碧樹のためでもある。
異能を持たない「無能者」と罵られてきた自分にできることがあるのなら力になりたい。
「私も碧樹様から教わりたいのです。私が邪神になりかけた碧樹様を助けて、反対に碧樹様に命を救われたように、これからも碧樹様と足りないものを補い合えたらいいと……人の身で生意気なことを言っていることは分かっています。でも私も碧樹様の力になれたらと思って、その……」
「神花が言いたいことは分かった。お互いに欠けたものを補完し合える関係になりたいということだろう。腹の子のためにも、俺たちのためにも……だがこれから向かう先は貴様を生贄として差し出すような非道な奴らだぞ。耐えられるか?」
「もう私は一人ではありません。碧樹様と腹の中に宿る大切な私たちの御子がおります」
安心させようとぎこちないながらも千紘が笑を浮かべると碧樹はハッしたように翡翠色の両目を見開く。そして「分かった」と頷いたのだった。
「俺の力でお前を常盤家に転移させよう。此度の依り代の管理不十分の報告を受けて不審を抱いた要人たちが儀式の立会人を申し出たそうだ。常盤家の屋敷に集いつつある。早ければ明日にでも神木の復活の儀が挙行されるだろう」
「衆人環視の中で儀式が行われるのですね……」
「あの家の奴らは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするだろうが、そこでお前が神木を復活させて鼻を明かしてやると良い。そうすれば俺は地上に顕現できる。国の守り神として……」
「私にできるでしょうか……」
「心配せずとも、“心眼”の異能に目覚めた神花なら上手くいく。腹の子もきっと力になるだろう。貴様はただあの一族に負けないように強く心を保つだけで良い」
そして碧樹は掌を千紘にかざすと何やら言葉を唱える。千紘には馴染みの無い詞なので人語では無いのかもしれない。
やがて千紘の足元が光り出すと、地面から足が離れて宙に浮いているような感覚を覚える。ふらふらと身体を前後に揺らしていたら、碧樹が手を握って支えてくれたのだった。
「神花なら成し遂げられよう。無事に帰ってこい」
「必ず戻ってきて、貴女様の御子を産みます。ですから信じてくださいませ」
「何を言うか。最初から信じている」
得意げな顔で眉を上げた碧樹の鼻梁の整った顔立ちに小さく笑みを溢した後、千紘の視界からは碧樹が消えて手もするりと抜ける。
次に気が付いた時には、長年育った常盤家の中庭に立っていたのだった。
「朝廷は常盤家に植えられた神木を依り代として俺を地上に降ろすように命じたが、肝心の常盤家には神降ろしの儀を執り行える強い力を持つ巫覡と巫女がいないどころか、依り代となる神木も枯れて使い物にならなくなっている。故に常盤家は朝廷の命令で最後の賭けに出たらしい」
「最後の賭け、ですか?」
「『神ノ巫女』を名乗る娘が神木の復活の儀式を行うつもりらしい。自身が持つ巫女の力を神木に流して神木を再生させる。『神ノ巫女』がもつ巫女の力というのは、腹に神の子がいる時は何十倍も膨れ上がるとされているからな。それを生かして枯れ木を太古のような花木にさせるらしいが、そもそも『神ノ巫女』が身籠っている子供というのは……」
「碧樹様の――守り神様の子供では無いということですよね……」
災害に見舞われた地域も気がかりだが、神木を復活させようとしている寿々葉たちも気になる。
神木が蘇られなかったら、常盤家や寿々葉どころか天縁国にも被害が及んでしまう。そしてそれは国を守護する碧樹の負担にもなる。邪神に堕ちてしまうくらい神力が弱まっている碧樹に力を使わせたのなら、今度こそ碧樹は邪神へと堕ちてしまう。
力の使い過ぎで、このまま消滅してしまうことだって充分あり得る。
ただそのためだけに常盤家に戻るのは怖い。きっとあの家は千紘が邪神を鎮めるために喰われたと思っているだろう。それなのに戻ってしまったら酷い目に遭わされる。暴力や罵倒では済まされないかもしれない。
そんな千紘の心配や不安が伝わったのか、碧樹は膝の上から千紘を下ろすと一人で向かおうとする。
行き先は常盤家だと悟った千紘は咄嗟に袖を掴んでしまったが、碧樹は千紘を宥めるように優しく頭を撫でてくれたのだった。
「神花はここにいると良い。下級神たちが側についている。一度目覚めたのなら、“心眼”の異能はいずれ真の力を発揮する。神の子を無事に産んだ時、貴様は神の子を産んだ母神となる。人の命を超越して神の一柱となるのだ。腹の子がいなくても生きられるようになる。俺の身に何かあっても、腹の子が俺の後を継いで次の守り神となるだろう」
「でも私には碧樹様が必要です。この身は邪神に……碧樹様に捧げました。貴方様の子を産むのが私の役目なら、私には貴方様が必要です。この子にも……」
千紘はそっと目を自身の腹に落とす。まだ胎動を感じたことは無いが、それでも自分の中に存在するもう一つの命を意識しなかったことは無い。
「生まれてくる子には両親の愛情が必要です。人の心や温かさを知らずして人の上に立つことはできません。ですが私には両親の愛情というものが分かりません。実の両親は早くに亡くなり、養父母からは小間使いとして扱われてきました。私には親が子に向ける愛情というものが欠けています」
尽きかけた命の代わりに碧樹の子供が腹の中に宿ったと聞いた時は驚いて、親を知らない自分が母親になれるだろうかと悩みもした。
ただ碧樹の子供を産むということは自分の命を永らえさせるためだけじゃない。この国と引いては国を守護する碧樹のためでもある。
異能を持たない「無能者」と罵られてきた自分にできることがあるのなら力になりたい。
「私も碧樹様から教わりたいのです。私が邪神になりかけた碧樹様を助けて、反対に碧樹様に命を救われたように、これからも碧樹様と足りないものを補い合えたらいいと……人の身で生意気なことを言っていることは分かっています。でも私も碧樹様の力になれたらと思って、その……」
「神花が言いたいことは分かった。お互いに欠けたものを補完し合える関係になりたいということだろう。腹の子のためにも、俺たちのためにも……だがこれから向かう先は貴様を生贄として差し出すような非道な奴らだぞ。耐えられるか?」
「もう私は一人ではありません。碧樹様と腹の中に宿る大切な私たちの御子がおります」
安心させようとぎこちないながらも千紘が笑を浮かべると碧樹はハッしたように翡翠色の両目を見開く。そして「分かった」と頷いたのだった。
「俺の力でお前を常盤家に転移させよう。此度の依り代の管理不十分の報告を受けて不審を抱いた要人たちが儀式の立会人を申し出たそうだ。常盤家の屋敷に集いつつある。早ければ明日にでも神木の復活の儀が挙行されるだろう」
「衆人環視の中で儀式が行われるのですね……」
「あの家の奴らは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするだろうが、そこでお前が神木を復活させて鼻を明かしてやると良い。そうすれば俺は地上に顕現できる。国の守り神として……」
「私にできるでしょうか……」
「心配せずとも、“心眼”の異能に目覚めた神花なら上手くいく。腹の子もきっと力になるだろう。貴様はただあの一族に負けないように強く心を保つだけで良い」
そして碧樹は掌を千紘にかざすと何やら言葉を唱える。千紘には馴染みの無い詞なので人語では無いのかもしれない。
やがて千紘の足元が光り出すと、地面から足が離れて宙に浮いているような感覚を覚える。ふらふらと身体を前後に揺らしていたら、碧樹が手を握って支えてくれたのだった。
「神花なら成し遂げられよう。無事に帰ってこい」
「必ず戻ってきて、貴女様の御子を産みます。ですから信じてくださいませ」
「何を言うか。最初から信じている」
得意げな顔で眉を上げた碧樹の鼻梁の整った顔立ちに小さく笑みを溢した後、千紘の視界からは碧樹が消えて手もするりと抜ける。
次に気が付いた時には、長年育った常盤家の中庭に立っていたのだった。



