「碧樹様の御子を……って。守り神様の御子を産めるのは『天縁ノ神花』だけなのに……」
「これにはさすがの俺も寝耳に水だった。その娘は俺に擦り寄って来た『神ノ巫女』の一人ではあったが、俺と一切の関係を持っていなかった。しかし朝廷は彼女を神の花嫁となれる『真の神ノ巫女』として認めて、大々的に宣言してしまった。そして深い悲しみに暮れた『天縁ノ神花』は姿を消してしまい、俺は子を孕んだ娘を『神ノ巫女』と認めざるを得なくなった。その孕んだ娘というのが常盤姓を名乗る娘だった」
「常盤姓というのは、私の……」
「ああ。お前を生贄に差し出そうとした家だ。このことがきっかけとなって常盤家は代々『神ノ巫女』となる娘を輩出して、次代の帝となる俺の子を産むようになったそうだな……実際は最初から俺の子など宿していなかったというのに」
碧樹も後から知ったことだが、碧樹の子供を身籠ったと偽った常盤姓の娘は朝廷の役人だった父親が用意した男との間に子供を成して、その子供を神の子供と騙ったのだという。その父親は朝廷内でも多くの支持を受けており、朝廷内の大半はその親子に買収されて口裏を合わせた後であった。
ここで碧樹か「天縁の神花」となる娘が異議を唱えたところで、朝廷側で揉み消されていたのは想像に難くなく、むしろ後ろ盾が無い「天縁の神花」となる娘が消されていた可能性の方が圧倒的に高かった。
碧樹は「天縁の神花」となる娘と自分の血を引く子供を守れるのならと自らを納得させて、常盤姓の娘を「神ノ巫女」として認めたのだった。
「だが神聖にして真実の存在たる神が間違った判断を下した場合、それは自分に降りかかる罪過となり、やがて神の資格を失って邪神と化す。その時から神の資格を失い始めた俺の身体は少しずつ邪気に蝕まれていき、長い時間を掛けて邪神へと堕ちていった。地上で邪神に堕ちた中級神が暴れたと知って、邪神を封じるために無理に神力を使ったのも邪神化を加速させるきっかけとなったのだろう。皮肉なことに……俺に協力して共に邪神と戦った巫覡一族というのも、俺の子を成したと偽った娘の子孫だったな」
自身を嘲笑するように碧樹は鼻先でせせら笑う。これまで知らなかった常盤家の裏側を知って、千紘は背筋が凍る思いであった。
このことを寿々葉や養父母を始めとする常盤一族は知っているのだろうか。守り神に仕える神聖な一族が守り神を侮辱して辱める行為をしていることに。
国を守る碧樹を冒涜する行為を黙認してきた朝廷や役人たちにもゾッとする思いであった。
「『神ノ巫女』が産んでいる子供が貴方様の……碧樹様の血を引いていないことは分かりました。それでは『天縁ノ神花』となるはずだった巫女の娘はどこに消えたのでしょうか?」
「……分からぬ。あの後、俺は娘を探して各地に下級神たちを遣わせたが、痕跡さえ見つけられなかった。そうしている間に『神ノ巫女』となった常盤姓の娘は男児を出産して、その子供が国を治める帝となった。俺は国の守り神として祀られ、『神ノ巫女』となった巫女の生家である常盤家は朝廷でも随一の権力者となり、それ以来『神ノ巫女』を輩出する役割を担うようになったらしいな。千年にも渡って同じ罪を重ねて……」
碧樹は「神ノ巫女」となった常盤姓の娘が男児を出産した後、その労に報いて自身の神力が宿る神木の苗――碧樹を助けた千紘が目覚めた時に見つけた祠があった大木らしい、を分け与えた。
表向きは碧樹を子を成した褒美として、実際は彼らが犯した罪を暴くために。
いずれ「天縁ノ神花」に相応しい巫女が見つかった時に、常盤家から「神ノ巫女」の地位とこれまで不正を重ねて得た功績を奪還しようと考えたという。
「常盤家の中庭に生えていた立派な神木は碧樹様が与えたものだったのですね。義妹……寿々葉様が『神ノ巫女』だと神託を下されたのも碧樹様だったと……」
「勘違いが無いように先に行っておくが、俺はあの娘が『神ノ巫女』だと神託を下した覚えは一切ない。その頃の俺はほぼ邪神と化していて、神託を下す余裕など到底無かった」
「しかし常盤家の当主が立会人を交えて神木に尋ねたところ、寿々葉様が『神ノ巫女』だと碧樹様が神託を下したと話しておりました。その前の天啓も寿々葉様が『神ノ巫女』として選ばれた証だと……」
「確かに俺は最後の力を振り絞って天啓を下したが、それは巫女舞の装束を汚したとして罪をなすりつけられた貴様を折檻から守るためだ。その後のことは知らん」
「そんな……」
「それにお前だけは俺が託した神木を大切に扱ってくれたからな。せめてもの恩返しの意味もある。お前に乱暴していた両親と義妹は、ただの枯れ木として神木の伐採の相談までしていたというのに」
その言葉に千紘の頬が見る見るうちに赤く染まる。羞恥で耳まで真っ赤になりながら、蚊の鳴くような声で碧樹に尋ねたのだった。
「見ていたのですか? あの、私が神木のところでしていたことも全部……」
「全てとはいかないが、自我を保てる時は見ていた。異能に目覚めなかったことで、あの家で随分と辛い目に遭ったようだな。だがこれからはもうそんな想いはさせない。この国の守り神たる俺を邪神から解放してくれた愛しい『天縁ノ神花』よ。今度こそ俺は妻子を守ろう。神花と神花に宿りし俺の子に誓って必ずや……」
千紘と腹の中の子供に負担が掛からないように、背中からそっと抱きしめてくれる碧樹の不器用な優しさが心地良い。目尻に涙を溜めて碧樹に身を委ねると、そんな千紘の周りを蝶の姿に転じた下級神たちがふわふわと舞う。
言葉も無く、ただ静かに抱き締められていた千紘だったが、ふと碧樹が「そろそろ行かねば」と呟いて身体を離したのを見逃さなかった。
「お前たちを神花として国に認めさせるためにも、まずはあの偽りの一族と『神ノ巫女』を騙る娘をなんとかしなくてはな」
「常盤家の――養父母と寿々葉様のことですね」
「どうやら数日前に人の世で大規模な災害が起こったようだ。朝廷が俺に救いを求めて、『神ノ巫女』に神降ろしの儀を命じたらしい」
「大規模な災害……ですか?」
「北部の海沿いの地域でな。大きな地揺れと海嘯が発生して多数の死傷者が発生した。その土地は国内でも有数の田園地帯のため、今年の収穫が危ぶまれているそうだ。このまま放置したら海嘯で侵入した病菌が生き残った人々を介して国中に蔓延して、いずれ大規模な疫病が発生する。そうなる前に守り神である俺に浄化を頼むつもりらしい。だが肝心の依り代を安置する社が朽ち果てて使い物にならなくなっている」
碧樹は「これも管理を怠ってきた者たちの仕業だな」と溜め息を吐くが、守り神に関する土地や社の管理を担っているのは各地に点在する常盤家だと聞いている。
代々守り神に最も近い「神ノ巫女」を輩出する一族でありながら、まさか守り神が地上に降りる際に使用される土地と社を放置していたとは思わなかった。
静かに怒りと悔しさがこみ上げて、千紘はグッと両手を握り締める。
「これにはさすがの俺も寝耳に水だった。その娘は俺に擦り寄って来た『神ノ巫女』の一人ではあったが、俺と一切の関係を持っていなかった。しかし朝廷は彼女を神の花嫁となれる『真の神ノ巫女』として認めて、大々的に宣言してしまった。そして深い悲しみに暮れた『天縁ノ神花』は姿を消してしまい、俺は子を孕んだ娘を『神ノ巫女』と認めざるを得なくなった。その孕んだ娘というのが常盤姓を名乗る娘だった」
「常盤姓というのは、私の……」
「ああ。お前を生贄に差し出そうとした家だ。このことがきっかけとなって常盤家は代々『神ノ巫女』となる娘を輩出して、次代の帝となる俺の子を産むようになったそうだな……実際は最初から俺の子など宿していなかったというのに」
碧樹も後から知ったことだが、碧樹の子供を身籠ったと偽った常盤姓の娘は朝廷の役人だった父親が用意した男との間に子供を成して、その子供を神の子供と騙ったのだという。その父親は朝廷内でも多くの支持を受けており、朝廷内の大半はその親子に買収されて口裏を合わせた後であった。
ここで碧樹か「天縁の神花」となる娘が異議を唱えたところで、朝廷側で揉み消されていたのは想像に難くなく、むしろ後ろ盾が無い「天縁の神花」となる娘が消されていた可能性の方が圧倒的に高かった。
碧樹は「天縁の神花」となる娘と自分の血を引く子供を守れるのならと自らを納得させて、常盤姓の娘を「神ノ巫女」として認めたのだった。
「だが神聖にして真実の存在たる神が間違った判断を下した場合、それは自分に降りかかる罪過となり、やがて神の資格を失って邪神と化す。その時から神の資格を失い始めた俺の身体は少しずつ邪気に蝕まれていき、長い時間を掛けて邪神へと堕ちていった。地上で邪神に堕ちた中級神が暴れたと知って、邪神を封じるために無理に神力を使ったのも邪神化を加速させるきっかけとなったのだろう。皮肉なことに……俺に協力して共に邪神と戦った巫覡一族というのも、俺の子を成したと偽った娘の子孫だったな」
自身を嘲笑するように碧樹は鼻先でせせら笑う。これまで知らなかった常盤家の裏側を知って、千紘は背筋が凍る思いであった。
このことを寿々葉や養父母を始めとする常盤一族は知っているのだろうか。守り神に仕える神聖な一族が守り神を侮辱して辱める行為をしていることに。
国を守る碧樹を冒涜する行為を黙認してきた朝廷や役人たちにもゾッとする思いであった。
「『神ノ巫女』が産んでいる子供が貴方様の……碧樹様の血を引いていないことは分かりました。それでは『天縁ノ神花』となるはずだった巫女の娘はどこに消えたのでしょうか?」
「……分からぬ。あの後、俺は娘を探して各地に下級神たちを遣わせたが、痕跡さえ見つけられなかった。そうしている間に『神ノ巫女』となった常盤姓の娘は男児を出産して、その子供が国を治める帝となった。俺は国の守り神として祀られ、『神ノ巫女』となった巫女の生家である常盤家は朝廷でも随一の権力者となり、それ以来『神ノ巫女』を輩出する役割を担うようになったらしいな。千年にも渡って同じ罪を重ねて……」
碧樹は「神ノ巫女」となった常盤姓の娘が男児を出産した後、その労に報いて自身の神力が宿る神木の苗――碧樹を助けた千紘が目覚めた時に見つけた祠があった大木らしい、を分け与えた。
表向きは碧樹を子を成した褒美として、実際は彼らが犯した罪を暴くために。
いずれ「天縁ノ神花」に相応しい巫女が見つかった時に、常盤家から「神ノ巫女」の地位とこれまで不正を重ねて得た功績を奪還しようと考えたという。
「常盤家の中庭に生えていた立派な神木は碧樹様が与えたものだったのですね。義妹……寿々葉様が『神ノ巫女』だと神託を下されたのも碧樹様だったと……」
「勘違いが無いように先に行っておくが、俺はあの娘が『神ノ巫女』だと神託を下した覚えは一切ない。その頃の俺はほぼ邪神と化していて、神託を下す余裕など到底無かった」
「しかし常盤家の当主が立会人を交えて神木に尋ねたところ、寿々葉様が『神ノ巫女』だと碧樹様が神託を下したと話しておりました。その前の天啓も寿々葉様が『神ノ巫女』として選ばれた証だと……」
「確かに俺は最後の力を振り絞って天啓を下したが、それは巫女舞の装束を汚したとして罪をなすりつけられた貴様を折檻から守るためだ。その後のことは知らん」
「そんな……」
「それにお前だけは俺が託した神木を大切に扱ってくれたからな。せめてもの恩返しの意味もある。お前に乱暴していた両親と義妹は、ただの枯れ木として神木の伐採の相談までしていたというのに」
その言葉に千紘の頬が見る見るうちに赤く染まる。羞恥で耳まで真っ赤になりながら、蚊の鳴くような声で碧樹に尋ねたのだった。
「見ていたのですか? あの、私が神木のところでしていたことも全部……」
「全てとはいかないが、自我を保てる時は見ていた。異能に目覚めなかったことで、あの家で随分と辛い目に遭ったようだな。だがこれからはもうそんな想いはさせない。この国の守り神たる俺を邪神から解放してくれた愛しい『天縁ノ神花』よ。今度こそ俺は妻子を守ろう。神花と神花に宿りし俺の子に誓って必ずや……」
千紘と腹の中の子供に負担が掛からないように、背中からそっと抱きしめてくれる碧樹の不器用な優しさが心地良い。目尻に涙を溜めて碧樹に身を委ねると、そんな千紘の周りを蝶の姿に転じた下級神たちがふわふわと舞う。
言葉も無く、ただ静かに抱き締められていた千紘だったが、ふと碧樹が「そろそろ行かねば」と呟いて身体を離したのを見逃さなかった。
「お前たちを神花として国に認めさせるためにも、まずはあの偽りの一族と『神ノ巫女』を騙る娘をなんとかしなくてはな」
「常盤家の――養父母と寿々葉様のことですね」
「どうやら数日前に人の世で大規模な災害が起こったようだ。朝廷が俺に救いを求めて、『神ノ巫女』に神降ろしの儀を命じたらしい」
「大規模な災害……ですか?」
「北部の海沿いの地域でな。大きな地揺れと海嘯が発生して多数の死傷者が発生した。その土地は国内でも有数の田園地帯のため、今年の収穫が危ぶまれているそうだ。このまま放置したら海嘯で侵入した病菌が生き残った人々を介して国中に蔓延して、いずれ大規模な疫病が発生する。そうなる前に守り神である俺に浄化を頼むつもりらしい。だが肝心の依り代を安置する社が朽ち果てて使い物にならなくなっている」
碧樹は「これも管理を怠ってきた者たちの仕業だな」と溜め息を吐くが、守り神に関する土地や社の管理を担っているのは各地に点在する常盤家だと聞いている。
代々守り神に最も近い「神ノ巫女」を輩出する一族でありながら、まさか守り神が地上に降りる際に使用される土地と社を放置していたとは思わなかった。
静かに怒りと悔しさがこみ上げて、千紘はグッと両手を握り締める。



