「どうやら俺の神花は“心眼”の異能を持つようだ。彼ら下級神を見聞きするだけではなく、言葉まで交わせるのだからな」
「“心眼”の異能ですか? でも私は異能に目覚めなかった『無能力者』で……」
両手を強く握りしめて目を伏せる。耳の奥では「無能者」と千紘を罵倒する養父母と義妹の声が反響している。
先代当主が「神ノ巫女」に選ばれると宣言したから引き取ったのに……と。「巫女にもなれない役立たずを当て構われた」と憤りを当たり散らされたこともあった。
「“心眼”は稀有な異能ゆえ、覚醒には時間がかかる。目覚めなかったとはいえ、自分を責める必要は無い。それに相性や運もあるのだ。神花は運が良い」
「運ですか?」
「“心眼”の異能の覚醒を促進させるには強い神力が必要だ。神花は俺に神力を吹き込まれて子を成した際、一緒に“心眼”の異能にも目覚めたのだろう。邪神に堕ちかけたこの俺を助けるために身を挺して助けようとした時に……」
碧樹は千紘が自分の身を犠牲にしてまで碧樹を助けようと解放する際、逆に神力を注いで千紘を助けたというが、千紘には全く身に覚えがなかった。邪神に堕ちかけた碧樹を助けようと祓い詞を唱えたのは覚えているが、その後のことが全く記憶に無かった。
碧樹によって神域と人の世の狭間の祠の前に寝かされて、その時にはすでに自分が持つ巫女の力と碧樹の神力によって宿った子供が腹の中にいたが、それさえも最初は理解できなかった。
成り行きで碧樹についていって、やがて体調の不調や悪阻に苦しむようになったことで、ようやく碧樹の話を信用できたくらいである。
その辺りを詳しく聞こうにも碧樹はずっとどこかに出掛けていて今日まで言葉すらほとんど交わせずにいたのだった。
「邪神に堕ちかけていたと仰っていますが、そもそもどうして国を守る守り神の貴方様が邪神になりかけていたのですか?」
「……神花は『神ノ巫女』がどうやって人の世の統治者となる子を孕むか知っているか?」
「守り神様が選んだ巫女の乙女――『神ノ神花』に授けると聞いていますが……」
「はんっ。あんなのは千年前のたった一度きりだ。それに子を授けた相手というのも『神ノ巫女』ではなく『天縁の神花』だ」
吐き捨てるように低声になった碧樹を見つめる。どこか遠くを見つめながら、碧樹が続きを話す。
「千年前、国中の巫女が集められて大掛かりな神降しの儀式が執り行われた。国を守護するこの俺を人の世に召喚するため」
「守り神様をですか?」
「碧樹で良い。今から約千年前――まだ天縁国と呼ばれるずっと前のこと。この国では災厄や疫病によって国が荒廃していた。滅びゆく自国を救うため、奴らは創世神である俺に頼ろうとしたのだ」
当時、天縁国となる前の土地の各地では干ばつや日照り、洪水が起こり、田畑は枯れて疫病が蔓延していた。このままでは国はおろか人でさえ滅亡すると危惧した当時の朝廷の役人たちはこの土地を守護する創世神である碧樹に救いを求めたのだった。
「求めに応じた俺を待ち受けていたのは神降ろしの儀と称して各地から集められた巫女たち。彼女たちは『神ノ巫女』を名乗って俺に近付き、俺との間に子を成そうと擦り寄ってきた」
「子を? どうして……」
「当時の朝廷では神の子を授かった巫女が国の母神となり、その一族は生涯繁栄すると信じられていた。そこで役人どもは自分の娘を神に使える『神ノ巫女』に仕立て上げて俺の元に送り込み、俺との間に子を作ろうと躍起になっていたのだ。そうとは知らずに神降ろしの儀式に答えてしまった俺はとんだ間抜けということだ。どこに行って何をしても付いて回る『神ノ巫女』ども。寝所にも入ろうものなら入れ替わり立ち替わりやってくる。追い払うのも面倒だと抜け出した先で出会ったのが『天縁ノ神花』となる娘だった」
創世神のために建てられたという社を抜け出して、夜這いにやってくる「神ノ巫女」たちから逃れた碧樹を助けてくれたのは「神ノ巫女」として朝廷に送り込まれながらも、出自と異能を理由に雑用を押し付けられていた娘の一人。
初めて会った時に碧樹は直感的に悟った。この娘が自分の花嫁となる巫女――「天縁の神花」であると。
「その娘は地方の豪族の推薦を受けた巫女でありながら、異能を持っていなかった。それ故に朝廷に集められた他の巫女たちから虐められて、下働きまがいのことをさせられていたのだ。俺に擦り寄ってきた『神ノ巫女』たちは誰もが大なり小なり異能を持っていたからな。その中で異能を持たないというのは場違いに思われたのだろう。だがその娘が持っていたのも“心眼”の異能だった。俺は助けてくれた礼として娘の異能を目覚めさせる手伝いをしただけにすぎない」
「その“心眼”の異能というのは珍しい異能なのですよね?」
「人の世において“心眼”の異能というのは如何なる神霊をも見聞きできるだけの能力とされているが、真の力はまた別にある。“心眼”の異能とはその名の通り、全てを見通す力だ。過去も未来もそれ以外でさえも……過去とや未来を見るという点では他にも似た異能があるが、“心眼”の異能はまた別のものだ。強力な上に扱い方が難しい。故に発揮するまで時間が掛かる。俺を助けてくれた娘も自分には異能が無いと思い込んでいたようだった」
そもそも守り神である碧樹の子供を懐妊できるのは「天縁の神花」となれる娘のみ。そして「天縁の神花」となる娘たちは皆“心眼”の異能を持っていることが多かった。実際にこの時に碧樹の子供を孕んだ娘も千紘と同じ“心眼”の異能を持っていたので、碧樹はこの娘との出会いに一種の予兆を感じたのだった。
この娘が噂に聞いていた自分の「天縁の神花」となるかもしれないと……。
「だが“心眼”の異能がきっかけとなって、その娘とは深い仲になった。やがて娘が子を孕んだと知った時、正式に『天縁ノ神花』として手元に置こうと考えるようになった。しかしそれよりも先に『神ノ巫女』の一人が俺の子を懐妊したと虚偽の報告を朝廷にしたのだ」
娘の身体が落ち着いたら碧樹の子供を宿したことを宣言して、「天縁の神花」として天界に連れていこうと考えていた矢先に衝撃的な出来事が起こった。
碧樹から寵愛を得ようとしていた「神ノ巫女」の一人が碧樹の子供を身籠ったと公表したのだった。
「“心眼”の異能ですか? でも私は異能に目覚めなかった『無能力者』で……」
両手を強く握りしめて目を伏せる。耳の奥では「無能者」と千紘を罵倒する養父母と義妹の声が反響している。
先代当主が「神ノ巫女」に選ばれると宣言したから引き取ったのに……と。「巫女にもなれない役立たずを当て構われた」と憤りを当たり散らされたこともあった。
「“心眼”は稀有な異能ゆえ、覚醒には時間がかかる。目覚めなかったとはいえ、自分を責める必要は無い。それに相性や運もあるのだ。神花は運が良い」
「運ですか?」
「“心眼”の異能の覚醒を促進させるには強い神力が必要だ。神花は俺に神力を吹き込まれて子を成した際、一緒に“心眼”の異能にも目覚めたのだろう。邪神に堕ちかけたこの俺を助けるために身を挺して助けようとした時に……」
碧樹は千紘が自分の身を犠牲にしてまで碧樹を助けようと解放する際、逆に神力を注いで千紘を助けたというが、千紘には全く身に覚えがなかった。邪神に堕ちかけた碧樹を助けようと祓い詞を唱えたのは覚えているが、その後のことが全く記憶に無かった。
碧樹によって神域と人の世の狭間の祠の前に寝かされて、その時にはすでに自分が持つ巫女の力と碧樹の神力によって宿った子供が腹の中にいたが、それさえも最初は理解できなかった。
成り行きで碧樹についていって、やがて体調の不調や悪阻に苦しむようになったことで、ようやく碧樹の話を信用できたくらいである。
その辺りを詳しく聞こうにも碧樹はずっとどこかに出掛けていて今日まで言葉すらほとんど交わせずにいたのだった。
「邪神に堕ちかけていたと仰っていますが、そもそもどうして国を守る守り神の貴方様が邪神になりかけていたのですか?」
「……神花は『神ノ巫女』がどうやって人の世の統治者となる子を孕むか知っているか?」
「守り神様が選んだ巫女の乙女――『神ノ神花』に授けると聞いていますが……」
「はんっ。あんなのは千年前のたった一度きりだ。それに子を授けた相手というのも『神ノ巫女』ではなく『天縁の神花』だ」
吐き捨てるように低声になった碧樹を見つめる。どこか遠くを見つめながら、碧樹が続きを話す。
「千年前、国中の巫女が集められて大掛かりな神降しの儀式が執り行われた。国を守護するこの俺を人の世に召喚するため」
「守り神様をですか?」
「碧樹で良い。今から約千年前――まだ天縁国と呼ばれるずっと前のこと。この国では災厄や疫病によって国が荒廃していた。滅びゆく自国を救うため、奴らは創世神である俺に頼ろうとしたのだ」
当時、天縁国となる前の土地の各地では干ばつや日照り、洪水が起こり、田畑は枯れて疫病が蔓延していた。このままでは国はおろか人でさえ滅亡すると危惧した当時の朝廷の役人たちはこの土地を守護する創世神である碧樹に救いを求めたのだった。
「求めに応じた俺を待ち受けていたのは神降ろしの儀と称して各地から集められた巫女たち。彼女たちは『神ノ巫女』を名乗って俺に近付き、俺との間に子を成そうと擦り寄ってきた」
「子を? どうして……」
「当時の朝廷では神の子を授かった巫女が国の母神となり、その一族は生涯繁栄すると信じられていた。そこで役人どもは自分の娘を神に使える『神ノ巫女』に仕立て上げて俺の元に送り込み、俺との間に子を作ろうと躍起になっていたのだ。そうとは知らずに神降ろしの儀式に答えてしまった俺はとんだ間抜けということだ。どこに行って何をしても付いて回る『神ノ巫女』ども。寝所にも入ろうものなら入れ替わり立ち替わりやってくる。追い払うのも面倒だと抜け出した先で出会ったのが『天縁ノ神花』となる娘だった」
創世神のために建てられたという社を抜け出して、夜這いにやってくる「神ノ巫女」たちから逃れた碧樹を助けてくれたのは「神ノ巫女」として朝廷に送り込まれながらも、出自と異能を理由に雑用を押し付けられていた娘の一人。
初めて会った時に碧樹は直感的に悟った。この娘が自分の花嫁となる巫女――「天縁の神花」であると。
「その娘は地方の豪族の推薦を受けた巫女でありながら、異能を持っていなかった。それ故に朝廷に集められた他の巫女たちから虐められて、下働きまがいのことをさせられていたのだ。俺に擦り寄ってきた『神ノ巫女』たちは誰もが大なり小なり異能を持っていたからな。その中で異能を持たないというのは場違いに思われたのだろう。だがその娘が持っていたのも“心眼”の異能だった。俺は助けてくれた礼として娘の異能を目覚めさせる手伝いをしただけにすぎない」
「その“心眼”の異能というのは珍しい異能なのですよね?」
「人の世において“心眼”の異能というのは如何なる神霊をも見聞きできるだけの能力とされているが、真の力はまた別にある。“心眼”の異能とはその名の通り、全てを見通す力だ。過去も未来もそれ以外でさえも……過去とや未来を見るという点では他にも似た異能があるが、“心眼”の異能はまた別のものだ。強力な上に扱い方が難しい。故に発揮するまで時間が掛かる。俺を助けてくれた娘も自分には異能が無いと思い込んでいたようだった」
そもそも守り神である碧樹の子供を懐妊できるのは「天縁の神花」となれる娘のみ。そして「天縁の神花」となる娘たちは皆“心眼”の異能を持っていることが多かった。実際にこの時に碧樹の子供を孕んだ娘も千紘と同じ“心眼”の異能を持っていたので、碧樹はこの娘との出会いに一種の予兆を感じたのだった。
この娘が噂に聞いていた自分の「天縁の神花」となるかもしれないと……。
「だが“心眼”の異能がきっかけとなって、その娘とは深い仲になった。やがて娘が子を孕んだと知った時、正式に『天縁ノ神花』として手元に置こうと考えるようになった。しかしそれよりも先に『神ノ巫女』の一人が俺の子を懐妊したと虚偽の報告を朝廷にしたのだ」
娘の身体が落ち着いたら碧樹の子供を宿したことを宣言して、「天縁の神花」として天界に連れていこうと考えていた矢先に衝撃的な出来事が起こった。
碧樹から寵愛を得ようとしていた「神ノ巫女」の一人が碧樹の子供を身籠ったと公表したのだった。



