神の子を宿した追放巫女は守り神が愛する天縁ノ神花に返り咲く

「ここに居たのか。今日は起き上がっていいのか?」
「はい。おかげさまで悪阻も落ち着いて……きゃあ!」

 縁側に座っていた千紘は軽々と碧樹に抱えられて、膝の上に座らされると、愛おしむように耳たぶに口付けられる。
 端麗な顔立ちながらも男らしくたくましい身体付きの碧樹の腕の中で紅潮している間に、碧樹は千紘の腹を撫でながら「良い子だ。順調に成長している」と呟いたのだった。

「身体を起こすのも辛い時は横になっていると良い。必要なものは届けさせよう」
「もう充分にいただいております。これ以上は必要ありません……」

 膝に乗せた千紘の身体を支えながら、壊れ物を扱うように千紘の腹を撫でる碧樹の手は止まらない。耳元にかかる吐息に時折身体を揺らしながら、千紘は考えたのだった。

(どうしてこうなったんだろう……)
 
 自分が助けたはずの邪神に堕ちかけていた国の守り神――碧樹から命代わりの子供を授けられて数ヶ月が経った。
 碧樹は千紘を自らの神域に連れ帰ると、普段暮らしているという庵に住まわせてくれた。
 茅葺き屋根の簡素な作りの庵の中には最低限のものしか置かれておらず、連れて来られた時は世捨て人の住まいのようだったが、千紘が来てからというもの、碧樹は配下の神々に命じて人の世から様々な物を取り寄せてくれた。
 仕立ての良い着物や可愛らしい小物、これまでは生きていく上で必要な分しか与えられなかった日用品から、退屈しているだろうからと書物や手芸の道具まで。
 神々は飲食が不要というのに千紘のために食事も毎食届けられて、至れり尽くせりの日々。
 これも千紘がこの天縁国を守護する守り神である碧樹の子を産める唯一の人間――「天縁の神花」であるから。誰もが宝物のように大切にして、目に入れても痛くないというように寵愛してくれる。

「ところで先程まで笑い声が響いていたが、誰か来ていたのか?」
「お休みのところ騒がしくして申し訳ありません。その、下級神の皆様が話し相手になってくださいまして……」
「下級神が……お前たちも姿を見せるといい」

 その言葉で木の葉が音を立てて大きく揺れると、蛍火に似たいくつもの白い光が二人の前に姿を現す。
 下級神と言っても千紘の目には全て同じ色と形をした光の球にしか見えないが、人と同じで一柱ごとに話し方や性格が異なっていた。得意不得意もあるようで、話す内容や視点も全く違っていて飽きない。
 千紘を笑わせようとするモノ、身体を気遣ってくれるモノ、「天縁の神花」への純粋な好奇心だけで近寄ってくるモノ。本当に人のようだと千紘は考える。
 それでも嘲笑や恥辱を受けないだけ、常盤家に居た時よりずっと心地良い。陰湿な嫌がらせに心を擦り減らすことも、「『神ノ巫女』になれなかった無能力者」と陰口を叩かれることも無いのだから。

「あの、下級神の皆様を怒らないでください。私がお願いしたのです。外の空気を吸いたいと言ったら、散歩にも付き合っていただいて……」

 たとえ見た目が違っていても、これまで友人らしき友人もいなかった千紘にとって彼ら下級神たちは貴重な友人。いつの間にか見分けられるようになり、それぞれの感情まで読み取れるようになった。
 そんな彼ら友人たちが碧樹に怯えているのなら、千紘が守らなければならない。
 外の空気を吸いたいと言ったのは事実だが、千紘について来て縁側で話し相手になってくれたのは下級神たちの意思によるところが大きい。千紘もそんな好意に甘えて長居をしてしまったのだから、一緒に怒られるのは当然のこと。
 そう身構えたつもりだったが、当の碧樹は顎に手を当てて何やら考え始めてしまった。
 
「うむ……無断で神の斎庭(ゆにわ)に侵入した罪は大きいが、神花に寄り添うべき俺が側にいなかったのも事実。今後も出入りを許そう。俺の代わりに神花の無聊を慰めてくれ」

 この国の最上神である碧樹の許したからか、下級神たちは安堵したように球形の身体を上下させながら白い光を明滅させたので、千紘もそっと微笑む。
 元々彼らが千紘の元にやって来た所以というのが、この国の最上位の神である碧樹が「天縁の神花」を迎えたと聞いて興味本位で様子を見に来ただけというものだった。
 それが肝心の「天縁の神花」である千紘が暇を持て余していると知るなり、下級神たちはこれまで見聞きした人の世の歴史や過去の偉人の話をそれぞれ聞かせてくれた。
 いずれ「神ノ巫女」になるものとして最低限の読み書きと計算だけは教わったもののそれ以外は無知の千紘にとって、人の世の歴史や人の世に影響を及ばした著名人の話を物語のように語り聞かせてくれる下級神たちと過ごす時間は、この国や人の歴史に触れる貴重な時間であり楽しみとしていた。
 自分の知らない世界を知って想像を巡らせることは、悪阻の苦しさに耐える中での励みにもなっていたので、碧樹が出入りを認めてくれて安心したのだった。
 碧樹が姿を見せた時は蜘蛛の子を散らすように木々の間に隠れてしまう下級神たちだったが、許しを得たのが嬉しかったのか今は千紘の周りをくるくると旋回する。すると蛍のような白い光たちの身体は縦長に伸びて、二本の触覚と大きな翅を生やした蝶へと姿を転じたのだった。

「すごいっ! 貴方たちはこんな力を思っていたのね!」
 
 嬉々として満面の笑みを浮かべる千紘の肩や頭に留まった下級神たちを「ほう……」と感心したように碧樹は呟く。