ドクドクと自分の中で静かに脈打つ鼓動を感じる。
国のために消えたはずの命、邪神を鎮める供物として捧げた身体が熱を帯びて、“生”への渇望を求めていた。
(いったい、どうして……)
やがて意識が覚醒すると少女は長い睫毛に縁取られた両目を開ける。
まだ眩暈がする身体をゆっくりと起こすと、その弾みで巫女装束の上に積もっていた数枚の木の葉が落ちて少女の足元に広がったのだった。
「ここ、は……?」
掠れ声で呟くが答える者はいなかった。乾いた舌を舐めて湿らせると慎重に辺りを見渡す。どうやら寝かされていたのは白い石造りの祭壇らしい。
人の気配が一切感じられない深い森。時折鳥の囀りと風に吹かれた木の葉が立てる葉擦れの音だけが響く蒼林がどこまでも広がる陰森が広がっていたのだった。
長い眠りから目覚めたように身体の節々が痛むが、目立つような大きな怪我は負っていなかった。
(装束は汚れたけれど……怪我は無いみたい……)
ボロボロの白衣と緋袴の巫女装束を一通り見て、ホッと安堵の息を吐く。
覇気を感じられない垂れ目がちの黒目、艶を失った漆黒の髪、あかぎれを始めとする細かい傷だらけの手、そして病的なまでに青白い顔と痩せぎすの身体は年頃の娘というよりも墓から蘇った死人という言葉が似合いそうであった。
身につけている巫女装束に付いた土汚れと裂けた袖も少女を屍に見せるのに一役買っていたのだった。
(早く社に戻らないと……あの神様がどうなったのか気になる……)
そんなことを考えながら歩き出したところで、清涼感のある心地よい新緑の香りと頭上から聞こえる葉擦れの音で頭上に目を向ける。そこには太古の時代を生きた大樹が少女を守るように枝葉を広げて陽光を遮ってくれていたのだった。
その場で足を止めて頬に当たる清風に身を預けていると、やがて美しい偉丈夫のように立っている玉樹の根元に苔むした石祠が祀られていることに気付く。
擦り切れた草履が枝葉を踏む音を聞きながら古びた石祠の中を覗くと、壊れた扉の奥では御神体と思しき割れた神鏡が少女を映していた。
空林の隙間からわずかに差し込む天光に輝く神鏡とその破片をゆっくりと覗き込んでいれば、死屍のような少女の後ろに白銀の青年が音も無く姿を現したのだった。
「目が覚めたのか」
怒気を含んでいるかのような低声で振り返れば、目が覚めるような白銀の美青年が少女を見下ろしていた。
新雪のように輝く白銀の長い髪と雪白の肌、そして目鼻立ちが整った顔立ち。
切れ長の翡翠色の瞳を不機嫌そう細める姿は、遠い昔に目にしたこの国を守護する守り神の絵姿そのものであった。
「あの……わたし……」
許しも無く石祠に近寄ったことを咎められるのだろうかと、及び腰になった少女が慌てて立ち上がったところでくらりと眩暈がして倒れそうになる。
そのまま転倒しかけた少女だったが、よく鍛えられた逞しい身体に顔を埋めただけで済んだのだった。
「病み上がりの身体で無理はするな」
気遣うようなその声で頭を上げれば、身体を支えてくれたのは白銀の美丈夫だった。青年は品定めるように少女の頭から爪先までじっくりと見つめると、やがて口を開く。
「貴様、名は?」
「千紘と申します」
「身体はどうだ? 苦しくは無いか? 痛むところも」
愛おしむように少女――千紘を労る青年に「いいえ。ありません……」と首を振れば、青年は眉根を寄せて何かを考え込んでしまう。
「うむ。それは妙だな……少し聞かせてくれ」
そう言って青年はその場で膝をつくと千紘の身体に耳を付ける。驚いた千紘が声を上げれば「うるさい」と一蹴されて腰に腕を回されてしまったので、ただされるがままにしているしか無かった。
やがて青年は「やはり……」と呟くと、そっと千紘から離れる。そして立ち上がると頬を撫でたのだった。
国のために消えたはずの命、邪神を鎮める供物として捧げた身体が熱を帯びて、“生”への渇望を求めていた。
(いったい、どうして……)
やがて意識が覚醒すると少女は長い睫毛に縁取られた両目を開ける。
まだ眩暈がする身体をゆっくりと起こすと、その弾みで巫女装束の上に積もっていた数枚の木の葉が落ちて少女の足元に広がったのだった。
「ここ、は……?」
掠れ声で呟くが答える者はいなかった。乾いた舌を舐めて湿らせると慎重に辺りを見渡す。どうやら寝かされていたのは白い石造りの祭壇らしい。
人の気配が一切感じられない深い森。時折鳥の囀りと風に吹かれた木の葉が立てる葉擦れの音だけが響く蒼林がどこまでも広がる陰森が広がっていたのだった。
長い眠りから目覚めたように身体の節々が痛むが、目立つような大きな怪我は負っていなかった。
(装束は汚れたけれど……怪我は無いみたい……)
ボロボロの白衣と緋袴の巫女装束を一通り見て、ホッと安堵の息を吐く。
覇気を感じられない垂れ目がちの黒目、艶を失った漆黒の髪、あかぎれを始めとする細かい傷だらけの手、そして病的なまでに青白い顔と痩せぎすの身体は年頃の娘というよりも墓から蘇った死人という言葉が似合いそうであった。
身につけている巫女装束に付いた土汚れと裂けた袖も少女を屍に見せるのに一役買っていたのだった。
(早く社に戻らないと……あの神様がどうなったのか気になる……)
そんなことを考えながら歩き出したところで、清涼感のある心地よい新緑の香りと頭上から聞こえる葉擦れの音で頭上に目を向ける。そこには太古の時代を生きた大樹が少女を守るように枝葉を広げて陽光を遮ってくれていたのだった。
その場で足を止めて頬に当たる清風に身を預けていると、やがて美しい偉丈夫のように立っている玉樹の根元に苔むした石祠が祀られていることに気付く。
擦り切れた草履が枝葉を踏む音を聞きながら古びた石祠の中を覗くと、壊れた扉の奥では御神体と思しき割れた神鏡が少女を映していた。
空林の隙間からわずかに差し込む天光に輝く神鏡とその破片をゆっくりと覗き込んでいれば、死屍のような少女の後ろに白銀の青年が音も無く姿を現したのだった。
「目が覚めたのか」
怒気を含んでいるかのような低声で振り返れば、目が覚めるような白銀の美青年が少女を見下ろしていた。
新雪のように輝く白銀の長い髪と雪白の肌、そして目鼻立ちが整った顔立ち。
切れ長の翡翠色の瞳を不機嫌そう細める姿は、遠い昔に目にしたこの国を守護する守り神の絵姿そのものであった。
「あの……わたし……」
許しも無く石祠に近寄ったことを咎められるのだろうかと、及び腰になった少女が慌てて立ち上がったところでくらりと眩暈がして倒れそうになる。
そのまま転倒しかけた少女だったが、よく鍛えられた逞しい身体に顔を埋めただけで済んだのだった。
「病み上がりの身体で無理はするな」
気遣うようなその声で頭を上げれば、身体を支えてくれたのは白銀の美丈夫だった。青年は品定めるように少女の頭から爪先までじっくりと見つめると、やがて口を開く。
「貴様、名は?」
「千紘と申します」
「身体はどうだ? 苦しくは無いか? 痛むところも」
愛おしむように少女――千紘を労る青年に「いいえ。ありません……」と首を振れば、青年は眉根を寄せて何かを考え込んでしまう。
「うむ。それは妙だな……少し聞かせてくれ」
そう言って青年はその場で膝をつくと千紘の身体に耳を付ける。驚いた千紘が声を上げれば「うるさい」と一蹴されて腰に腕を回されてしまったので、ただされるがままにしているしか無かった。
やがて青年は「やはり……」と呟くと、そっと千紘から離れる。そして立ち上がると頬を撫でたのだった。



