――四時間目の体育の授業中。
 バレーボールの授業が行われている体育館の扉から、生ぬるい風が押し寄せている。
 それを押し返すかのような力強い声は、館内を賑やかせていた。

 館内はネットで仕切られ、女子は奇数でトス練習。
 美心は一人、黙々とボールを扱っていた。

「一緒に練習しない? 最近バレー部に入部したんだ」

 隣に行って声をかけた。
 
「あの、ここは女子のコートですけど」

 じろりと冷えた目が向けられる。
 
「わかってるよ。でも、まだ試合前だし」
「昨日言いましたよね。誰にも構ってほしくないんです」

 彼女は冷たい視線を突き刺して、再び練習を続けた。 
 授業内なら接してくれると思ったが、変わらない。
 そのせいで、少し置き去りにされた気分に。
 
「でも、人と練習したほうが上達するんじゃない?」
「一人で十分練習しました。では、失礼します」
「ちょ、ちょっと……」

 彼女は、これ以上近づくなと言わんばかりに離れていく。
 戸惑ったまま呼び止めようとした。
 彼女は一旦足を止め、少しだけ顔を傾ける。
 
「……美心って呼び捨てするの、やめてくれませんか?」

 彼女の暗い影に、僕は戸惑う。
 
「えっ、どうして?」
「高槻くんとデキてるって勘違いされたくないから」

 ボソっと呟き、背中を向けた。
 僕は伸ばしかけた手を、そっと引き戻す。
 ため息をつき、佇んでいると、誰かが肩に手を回してきて体が揺れた。――賢ちゃんだ。

「おいおい、そんな顔すんなって。モテ期逃すぞ〜?」
「そんなんじゃないのに」

 賢ちゃんは、美心に積極的に話しかけてる理由を知らない。
 近づいたのは、恋心じゃないのに。
 
「冗談だってば。……ほら、それよりボール貸して」

 賢ちゃんは、手を差し出した。
 
「もしかして、相手してくれるの?」

 僕はボールを手渡し、少し距離を置く。
 
「秋の試合に出るんだから、これからビシバシしごくぞ? 弱音、吐くなよ〜?」
「賢ちゃん、ありがと」

 バレー部に入部して、三日目。
 二度目の昨日は、トスしてもらったボールに初めて触れることができた。
 褒めてもらえる分、やる気も一段階アップしている。
 
 賢ちゃんと練習を始めてから波に乗った頃、女子コートからドンッと大きな音がした。
 目を向けると、ネット下で美心が尻もちをついている。
  
「鈴奈さん、ごめ〜ん。大丈夫?」

 近くにいる女子が、美心の前に屈む。
 
「平気……です」
「立ち上がれる?」
「ホントになんともないんで、気にしないで下さい……」

 二、三人の女子が心配する。
 美心はゆっくりと手をついて立ち上がった。
 が、額にシワを寄せ、足首を押さえる。
 
 人に囲まれているのに、美心の目はどこにも向いていなかった。
 美心は小さくため息をつく。
 
 僕はその異変に気づき、足が一歩進んだ。
 けれど、賢ちゃんはこのタイミングで、僕の横につく。
  
「鈴奈って、怯えた猫みたいだよな。近づいたら牙を向くぞ、って脅しているような目をしてさ」

 賢ちゃんはふっとため息をつく。
 
「話しかけても、逃げちゃうんだよね。人と関わるのが苦手なタイプかもしれない」
 
 美心の拒絶の裏に、寂しさが隠れているように感じた。
 いまは、遠くから見守るしかできない。