夏空で、君と輝く



 ――高台に立つ神社は見晴らしがいい。
 でも、河原の人混みに目をやると、ここには私一人だけだった。
 
 青空くんがいると思ったけど、姿が見えない。
 隙間なく花火の音が、心臓に響き、期待と不安を揺れ動かす。
 
「青空くん……。どこに行ったの? 来年も一緒に花火を観ようって言ったじゃない。こんなの、約束泥棒」

 と、顎を震わせながら呟いた。
 
 結局、青空くんもクゥちゃんもいなかった。
 残ったのは、ネックレスだけ。繋がりの証だった。

「私、全然幸せじゃない! ブドウ飴は強くなる飴だって言ったよね。でも、私が一人で強くなっても意味がない」

 お腹から声を振り絞って、花火に叫んだ。

「青空くんが傍にいてくれたから、変われたんだよ」

 花火が私の弱音をかき消すかのようだった。
 一年前の花火大会の日を思い出したら、涙が溢れる。
  
 「……っう、ぁぁあん」
 
 愛しさに溺れて、嗚咽がこぼれた。
 もっと早く気づいていれば、毎日を大切にできたのに。
 
 どんな気持ちで私に接してくれたのか。
 どんな気持ちでお別れの日を迎えるのを待っていたのかなんて、考えもしなかった。

 青空くんは、私のことを想い続けていてくれたのに。

 花火が一旦、止まる。
 青空くんとの思い出を、かき消すかのように。
   
 もう、あの頃には戻れない。――そう思った、次の瞬間。

 チリン……。
 耳の近くで、鈴の音が鳴った。
 
 横を見ると、鈴付きのネックレスを指にぶら下げた青空くんが、灰色の浴衣姿で立っている。

「そ……ら……くん。どうして、ここに?」

 ハッと目を見開き、心臓が跳ねた。
 
「だって、一緒に花火を観る約束をしていたから」

 空白だった時間をかき消すような眼差しが向けられた。
 疑いながら、目をこすった。

「ほ、本物……だよね?」

 驚くと、彼はプッと笑った。

「あははっ。偽物に見えた?」

 一年という時を忘れさせてくるかのような笑顔に、気持ちが追いつけない。
 
「遅いよ……ずっと、待ってた」

 半信半疑でいると、青空くんは私の手を握りしめた。
 そこにはしっかりと人間のぬくもりが感じられる。

「遅くなってごめんね。花火、一緒に観ようか」
「うん……」
 
 ふと青空くんを見ると、優しい表情で空を見つめていた。
 でも、その傍らでふと思う。
 花火が終わったら、再び消えてしまうのではないかと。

 最初は一目見れたら満足だなって思っていたけど、いまはもっと欲張りになった。
 
 離れていかないで――。
 
 地上に上る花火を見つめ、心を落ち着かせる。

「ねぇ、青空くん。大事な話、してもいい?」

 覚悟を決め、手に力を込めた。
 
「うん、もちろん」

 花火の明かりを浴びた顔が、私に向けられた。
 それだけでも胸があったかくなってくる。

「私、夢、できたよ」
「本当に?」

 こくんと頷き、すうっと息を吸った。
 でも、喉の奥に詰まって、一番伝えたい言葉が出てこない。
 一年間も胸に抱えているのに。
 
 彼の瞳は待っている。
 たった二文字がどうしても出てこないから、二番目を口にした。

「カウンセラーの仕事に就きたいの」
「へぇ、カウンセラーか」

 彼は夜空を見て、相槌を打つ。

「私ね、苦しんでいる人を助けたいの。それに、たくさんの笑顔を繋いでいきたい」

 一年前にぼんやりしていた夢は、青空くんが育ててくれた。

「青空くんにいっぱい助けてもらったから、今度は私が他の人の力になってあげたい。それが、私の夢」
 
 人と人を繋いでいく仕事は、なによりも美しく、温かいと知っているから。

「応援するよ! これからずっとね」

 青空くんは微笑んでくれたけど、私は少し複雑な気持ちになっていた。
 また同じように、後悔の道を選ぼうとしていたから。
 
 花火が夜空に咲き乱れ、フィナーレを匂わせていた。
 打ち上げ音が、気持ちを焦らせる。
 
 弱虫で覚悟が決まらない。 
 一番伝えたい言葉が、喉に詰まる。
 すると、空いっぱいに大きな花火が輪を描き、光りのヴェールで私たちを輝かせた。

 輪が大きくなってきたから、そろそろ花火大会が終わりだろうか。
 もしかしたら、青空くんが消えてしまうかもしれない。
 空はふっと暗闇に戻る。
 
 この一分一秒が、無駄に出来ない。
 
 私はうんと大きく頷き、拳に力を入れ、大きく目を見開いた。
 ドオオォォォン!

「私は青空くんが好き!!」
「僕も、美心が好きだよ!!」

 打ち上げ音と共にお互いの声が揃うと、私たちは見つめ合った。
 告白に集中してたから、青空くんの声があまり聞こえなかった。
 
 次に上がった花火が、大輪の花を咲かせ、私たちを照らす。

「なんて言ったの?」

 にこりと聞き返されると、私は熱い顔を手で覆った。
 やっぱり、聞こえてなかったんだ……。
 
 シュンと肩を落とす。 
 でも、言わないと、気持ちが伝わらない。
 目に力を入れ、すぅっと息を吸い込んだ。

「……青空くんが、好きーーっ!!」

 花火の轟音にかき消されても、胸の奥の熱は揺るがなかった。
 小さくため息をつき、俯いていると、青空くんは人差し指を立てた。 

「ごめん。よく聞こえなかったから、もう一度聞かせて」
「えっ……」

 今度こそ、絶対に聞こえてると思ったのに。
 ゴクリと息を呑む。
 
 もう一度言おうと見上げると、青空くんの両手が頬に触れ、息を呑む間もなく唇が重なった。

 世界中の音が消えたみたい……ただ、青空くんの鼓動だけが聞こえる。
 
 夜空全体が歓迎してくれるかのように、大きな花火が打ち上がって、私たちを照らす。
 愛しさに溺れて、一粒の雫がこぼれ落ちた。
 
 途切れた時間を、再び繋ぎ合わせていくかのように。
 
 青空くんは花火の音をバックに、ゆっくり顔を離し、私のおでこにこつんとおでこを当てた。

「嘘……ついちゃった」

 私は脈が走り、びっくりした目を向けた。 
 
「えっ!」
「だって、美心の口から好きって、何度も聞きたかった」

 青空くんは顔を傾けて、ニコリと笑った。
 私はまぶたを軽く伏せたまま、「もう!」と言って、彼の胸を両手で交互に叩いた。
 勇気を出した瞬間、私は最高の幸せを手に入れた。

 夜空に消えていく花火のように不安も溶けて、これからの毎日が輝き始める予感がした。