――翌日。
 私は進路希望の用紙を書き直して、再提出した。
 
 担任は「遅いぞ」と言いながらも、にこやかに受け取ってくれた。
 あの頃、なんとなくぼんやり描いていた夢が、いまは鮮明に映る。
 
 職員室に出ると、体育館に向かった。
 室内に漂う汗の香り、部員たちの熱気が、私の背中を押してくれる。

 倉庫から賢ちゃんがボールカゴを持って出てきた。
 私は息を呑み、駆け寄って彼の前に立つ。

「あれ? 今日はなにしに来たの?」

 賢ちゃんはボールカゴを握ったまま首を傾げる。
  
「あっ、あのね。バレー部の件で、大事な話があるんだけど」

 賢ちゃんの瞳を見つめると、じっと受け止められた。
 
「うん、なに?」

 手に汗を握りながら、うんと頷き、口を開く。
  
「私、男子バレー部のマネージャーになりたいの!」

 開かれた扉から爽やかな風が差し込み、背中を押してくれる。
 先日、青空くんにそれを伝えた時は断られたけど、あの時は少しでも青空くんと話したくて、勢いで言っただけ。

 でも、いまは違う。
 自分の意思で決めて、ここへ来た。

「女バレ選手じゃなくて、男バレのマネージャーに?」

 賢ちゃんは、ボールカゴに両手をもたらせながら、少し驚いた顔をする。
 一度断られたから、胸がちくりと痛む。
 でも、私がやりたいのは選手じゃなく、マネージャーだ。
 
「うん。一度、青空くんに断られちゃったけど、いまは違う理由でやりたくなったの」
「ふぅん、どんな理由?」

 私は進路希望用紙に書いた夢を思い返す。

「青空くんみたいに、人の縁を結んでいきたいから」

 朝の個人練習から、部員募集のチラシ配りまで、青空くんが積み重ねてきた努力を見てきたからこそ、私も同じように支えになりたい。
 ……それが、いまの私の夢。
 
「ははっ。お前たちって、ほんとに以心伝心だな」

 賢ちゃんはボールカゴから一つボールを手に取り、にやりと笑った。
 
「えっ……? な、なにそれ?」
「実はさ、あいつから、美心がマネージャーをやりたいって言ってきたら、快く受け止めてほしいって頼まれたんだよね」

 ボールが飛んできたので、両手で受け取った。
 少しざらつく感触が、胸にじんわり沁みる。
 
「青空くんが、そんなことを?」

 先日断られた時との温度差に、喉がじわじわと熱くなる。
 
「あいつ、この前断ったことを後悔してた。始めるきっかけなんてなんでもいい。大事なのは、続けていくことだからって」

 あの時の勢い任せの宣言も、青空くんは見守っていてくれた。
 
「そう、だったんだ……」
 
 チームの為に頑張りたい。青空くんの意志を受け継いでいきたい。
 やっぱり、青空くんは私よりも一歩先を進んでいるんだね。

「あいつからのメッセージを大事にしたくて黙ってた。歓迎するよ。男子バレー部へ、ようこそ」

 賢ちゃんの微笑みに、鼻の奥が熱くなる。

 手にあるボールは、青空くんの思いそのもの。
 声は聞こえないけれど、このボールがすべてを伝えてくれる。
 
 次は、私の番だ。
 チームの支えになり、このバレー部を盛り上げていこう。

 賑やかなかけ声と弾むボールの音をバックに、決意を胸に刻む。
  
 賢ちゃんは、部長のところへ私を連れて行き、私は入部届を手渡した。 
 部員から拍手を受け、頬がほんのり温かくなる。
 
 これからは、自分の足で一歩一歩、青空くんに追いつく。
 もう、心配をかけない。
 青空くんの穏やかな笑顔を思い浮かべながら、前を向く。

 いつか、青空くんと肩を並べられますように。

 ボールをタオルで拭きながら、青空くんの姿を思い出す。
 時おり涙が流れるが、手の甲でそっと拭い、口を固く結び、部員の練習を目に焼き付けた。