――翌日の放課後。
私は、青空くんが抜けた後のバレー部が気になり、帰りに体育館を覗いた。
ボールがバウンドする音かけ声が響く中、その光景に思わず見惚れていた。
青空くんが入部当初は数人だった。
いまは十二人に増えている。
「賢ちゃん!」
扉側にボールが転がってきた隙をみて、賢ちゃんに声をかけた。
目が合うと、賢ちゃんはボールを拾って私の前へ。
「練習見に来てくれたんだ」
「バレー部が気になってて。部員ギリギリだったのに、もうこんなに集まったんだね」
目を見開き、笑みを浮かべながら言った。
「青空が引越してから一気に増えたよ。チラシ効果と、あいつの人情のおかげ? ……いや、俺の人気かな?」
クスクスと笑っていると、賢ちゃんは安心したようにふっと笑った。
「人数揃ったから、大会にエントリー出来たよ。新人ばかりでヘッタクソなチームだけど、参加することに意義があるからね」
賢ちゃんは部員の方に振り返って、じっと見つめた。
先輩は新人に指導し、仲間同士でトスやスパイクの練習をしている。
見ている私も、次第に胸が温かくなった。
「青空くんが残していったもの……大きかったね」
青空くんは、最初から自分が抜けることを想定していた。
私は何も知らなかったから、頑張っている理由がわからなかった。
「青空は、俺らの救世主。……いや、縁を繋ぐ神様だったのかもな」
賢ちゃんと一緒に部員を見つめていると、賢ちゃんはハッと見上げ、私を見つめた。
「ちょっと待ってて」と言い、体育館のステージ方面へ向かい、カバンから何かを取り出す。
戻ってくると、彼はグーの手を出した。
「手ぇ出して」
「えっ?」
「青空から預かってた」
素直に出すと、彼は私の手になにかを落とした。
見ると、ブドウ飴が。
「美心に渡してって言われてたのを、すっかり忘れてた」
「どうして、賢ちゃんがこれを……」
瞳に涙を浮かべながら、飴をぎゅっと握りしめた。
賢ちゃんはブドウ飴の意味を知らない。
「十日前に、美心と仲直り出来てなかったら、俺にこれを渡してくれって」
青空くんの思いに、胸がぎゅっとなる。
「私とそんなにケンカしてるつもりだったのかな」
でも、仲直りする気があった。
きっと、私が弱気になってると思ったから、賢ちゃんを通じて渡したのかもね。
青空くんが恋しい。
会えないとわかっていても、胸の高鳴りは止まらない。
――夕方、チェストの上に置いてあるクゥちゃんと目を合わせ、自分を振り返っていた。
青空くんの優しさに甘えていた。
振り返れば、青空くんという土台がなければ、いまの自分は確実にいない。
恩返しが間に合わなかった。
クゥちゃんを見つめていたら、目の周りには、涙の跡のようなシミ。
その形跡が、私の心を締め付けていく。
「クゥちゃん……。ううん、青空くん。いっぱい助けてくれたのに、なにもしてあげられなくてごめんね」
ぬいぐるみに戻っても、青空くんの想いはここにある。
「大好きだよ。今日も、明日も、あさっても……」
クゥちゃんが喋れないなら、私が伝え続けるね。
その耳で、私の声を聞いてくれているから。
クゥちゃんを胸に抱き、青空くんを強く想った。
「あはは。クゥちゃんの腕、こんなに筋肉質だったっけ」
自主朝練も、通常練習も、チラシ配りだって。
本当に、誰よりも頑張ってたよね。
レースカーテンから夕日が差し込んでいる部屋で、クゥちゃんを見つめていたら――時間が止まったようだった。
「辛いの、辛いの、飛んでいけ〜……」
自分の頭をそっと撫でた。
実はこれ、私が考えた呪文だった。
青空くんがこの呪文をかけてくれた時は、もしかしたらこの呪文はありふれているものだったかも、と思って、言わなかった。
でも、いま思えば、彼がクゥちゃんだという決定的な証拠だった。
気づかなかった。……ううん、あの時は考えようともしなかった。
こんなに近くにいたのにね。
カバンからブドウ飴を取り出し、十日前の青空くんの想いを受け取った。
手に触れた瞬間、優しさが伝わってきた。
涙を拭い、飴をそっと口に含んだ。
しばらくその余韻に浸って、深く息をつく。
……私、もっと強くなって、青空くんに追いつきたい。
夢を見つけたら、私もきっと強くなれる。



