――青空くんがいなくなった翌日から、気づけば毎日足が神社に向いていた。
 青空くんの想いが残っている気がするから。

 今日もいつも通り、賽銭箱の前で手を合わせた。
 ジリジリと焼き付く陽射しが、少しむず痒い。
 虫の音を裂くように、カラスが一声鳴いた。

 そんな中、目を閉じていると、隣に足音が止まった。
 ふと見ると、佐知も同じように手を合わせている。
 
「佐知……。どうしてここへ」
「カフェを断った理由は、こういうことだったの?」

 こくんと頷く。
 佐知は両手を下ろし、顔を上げた。
 
「美心の願いと言ったら、一つでしょ。どうして言ってくれなかったの?」
「……心配しちゃうかな、と思って」

 これ以上、余計な心配はかけさせたくなかった。
 佐知が真剣な目で問いかける。
  
「どうして心配かけちゃダメなの?」

 言葉に詰まった私に、佐知は静かに続けた。

「困った時に相談するのが、友達なんじゃない?」

 その瞳は、過去の私に訴えているかのようだった。
 逃げた結果、すれ違いを生み出してしまったから。

 佐知は私の手をすくいあげた。
 その手は温かく、心臓の奥まで、見えないベールで包み込む。

「微力かもしれないけど、力になりたい。私も青空くんにもう一度会いたいし」

 青空くんを見つめるように拝殿に目を向けた。
 あの時、青空くんがこの関係を繋ぎ直してくれなかったら、この時間は存在しない。

「ありがとう……」

 声は震え、唇を噛んでも、涙が滲んでしまった。
 
「家庭の事情があるだろうから、戻ってくるのは難しいかもしれないけど、また会えたら、みんなでバカ騒ぎしたいね」

 唇を震わせたまま、静かに頷く。
 
「美心の誕生日サボってなにしてたの? って問い詰めないと! おかげで、美心が人違いで恥ずかしい思いをしちゃったじゃないの」
「もう! それは早く忘れてよ〜」

 クスクスと笑っていると、佐知もつられるようにふっと笑った。

「でもさ、不思議な人だったよね。仲直りの仲介役を買って出たり、廃部寸前のバレー部を救ったり。転校からこの一ヶ月で、どれだけの縁を結んできたんだろうね」

 青空くんの周りには、いつもたくさんの笑顔が並んでいた。
 それは、太陽のように光り輝き、みんなを温かい気持ちにさせてくれたから。 
 
「きっとまた会えるよ。だから、神様にお願いしてこ」
「うん。ありがとう」

 そのすべてが、私にとってかけがえのない宝物になっていた。

 でも、胸の奥には小さな冷たい影が残っていた。
 クゥちゃんは、間接照明を浴び、ただ黙って私を見つめていた。
 開かない口が、何かを伝えたいのに伝えられない、そんな切なさを抱えているようだった。
 

 ――翌日。
 賢ちゃんも神社に来て、手を合わせてくれた。
 佐知が声をかけてくれたら、どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ、って怒ってたみたい。

 額をつたう汗が、日差しを浴びてきらめいた。
 一つ深まった夏の香りに、私たちはそれぞれの想いを乗せて、手を合わせた。
  
「神様! どうか、また青空に会わせて下さい。お願いします!」

 賢ちゃんの声が一際大きかったから、私と佐知は思わずプッとふきだした。
 
 翌日、部活仲間がやってきた。
 
 その翌日には、クラスメイトが続々と集まった。
 神社は笑顔で満たされていく。
 賢ちゃんが声をかけてくれたらしく、そこから広まっていった。

 そこで改めて思い知らされた。
 青空くんが結んできた縁の深さを。

 私たちの気持ち、神様に届いてるかな。
 もし、届いてるとしたら、青空くんにも一緒に届けてくれないかな。
 ……あの日のように、なに食わぬ顔で、また私の前に現れてほしい。