――翌朝。朝日が差し込む教室内は、ざわめき声に包まれていた。
私は佐知と、後方のロッカー前に立つ。
椅子の音に、ビクッとする。
佐知が肩をポンと叩き、「リラックス、リラックス」と声をかけた。
うんと頷き、呼吸を整えて、前方扉を見る。
「おはよー」
青空くんが来た。
周りの人に声をかけながら教室に足を踏み入れると、私の足は一歩後ずさる。
佐知はそんな様子に首を振って、私の肩を押し出した。
「早く行っておいで。十分くらいしか時間ないよ」
「わ、わかってる……。行ってくるよ」
足をもつれさせながら、青空くんの方へ向かう。
だが、あと一歩のところで、俵さんが立ちはだかった。
「おっはよー! 高槻くん!」
「あ、俵さん。おはよー」
二人の様子を見て、踵を返すと、佐知は怖い顔のまま首を振った。
早く仲直りしろという合図だ。
再び足を進め、ようやく青空くんたちの傍についた私は、重い口を開く。
「お、おはよー」
挨拶すると、二人の目線は私へ向けられた。
おかげで緊張レベルは、一段階上へ。
「あっ、あの……さ、青空くんと、話があるんだけど……」
気まずくて、目が泳いだ。
つい先日までは普通に喋っていたのに、他人と接するような態度に。
「鈴奈さん、あたしが先に話をしていたんだけど」
俵さんの冷たい言葉に、足がすくむ。
青空くんとの間には、いつしか高い壁が立ちはだかっていた。
気軽に声を掛け合っていたあの頃に、もう戻れないのかな。
暗い顔でしゅんと俯く。
「あの……さ、僕も美心と喋りたい」
青空くんの声が降り注ぎ、見上げると、穏やかな表情で微笑んでいる。
心臓が飛び出そうで、息を止める。
「待って。私が最初に話しかけようと思って……」
俵さんの額に汗が滲む。
「ごめん。僕も美心と大事な話があるから、俵さん、また今度」
青空くんは、私の腕を掴んで、廊下に向かった。
その手は、温かくて心地よい。
ひとけの少ない渡り廊下に着くと、青空くんは手を離す。
私は向かい合わせで青空くんと目が合った瞬間、頭を下げた。
「ごめんなさい」
「酷いこと言ってごめん!」
二人の声がシンクロする。
私たちは可笑しくてクスッと笑った。
「いま、お互い息がピッタリだったね」
「うん。びっくりした」
久しぶりの会話に、目頭がじわっと熱が帯び、鼻の奥に広がっていった。
「私、自分の気持ちを押し付けてた。自分が嫌なことを人に押し付けるなんて、最低だよね」
反省しながら苦笑いする。
青空くんは、寂しそうに首を振った。
「こっちこそ、嫌なことがあったばかりで……。美心のせいじゃないよ」
青空くんの穏やかな声を聞いていたら、瞳に溜まった涙が視界を阻み、喉の奥に痛みを伴わせた。
「ううん。私がしつこかったの。青空くんのせいじゃない」
青空くんにしてもらったことを返したかった。
でも、元々噛み合っていなかったのに、それが正解だと思い込んでいた。
遠くから生徒たちのざわつく声が聞こえていた。
息を呑んで涙をこらえると、青空くんは口を開いた。
「もう二度と美心を悲しませない。約束するよ」
一粒頬にこぼれ落ちると、青空くんは親指で拭ってくれた。
同時にふわりと青空くんの香りが届く。
反応するかのように、胸が高鳴り、頬が赤く染まった。
「これで僕と仲直りしてくれない?」
青空くんのポケットから取り出されたのは、先日私が落とした映画チケット二枚。
もしかして、あの後拾ってくれたのかな。
「これっ……」
顔を見上げた。
「僕もちょうどこの映画が観たかったんだ。明日の土曜日空いてる?」
青空くんは首を傾け、ふっと微笑む。
「行きたいっ! 絶対に!」
まさか、青空くんが映画のチケットを持っていてくれたなんて、思いもよらなかった。
「あははっ、そんなに観たかったんだぁ。じゃあ、明日行こう」
「うん!!」
廊下に差し込む光が、私の心を温めた。
さっきまでは、もう二度と青空くんに喋ってもらえないんじゃないかと思っていた。
いまは何十倍も幸せ。
――帰宅後。
私はベッドにダイブして、両手足をバタバタさせた。
「やばっ! 明日、なに着ていこう……」
デートが現実味帯びると、ベッドにまくらを投げ捨て、クローゼットから服を鷲掴みにした。
「ワンピースがいいかな。それとも、カジュアルなパンツスタイルの方が、気合が入りすぎなくていいかもしれない」
鏡の前で、鼻歌交じりでファッションショーを始めた。
カタンと音がした。
振り返ると、クゥちゃんの写真立てが倒れている。
窓を見ると、開きっぱなしになっていた。
写真立てを見ると、ガラス部分に小さなヒビが入っていた。
「あぁっ! ショック……。ちょっと風が強かったかな。明日、写真立ても一緒に買いに行こっと」
窓を閉め、深呼吸すると、ふと背後に冷たい空気を感じた――明日のことなど知らずに。



