――夜二十一時過ぎ。
 間接照明の影が、私の暗い心を静かに浮かび上がらせていた。
 静寂に包まれている部屋に、深い溜息が一つ。

 青空くんが、私のことをなんとも思ってないということを知ってから、心に鉛が乗ったような気分に。
 私はベッドに置いていたスマホを取って、佐知に電話をかけた。

「佐知……。ごめん。いま電話、いい?」
『大丈夫だよ。なにかあった?』

 心配そうな声が、スピーカーから届いた。

「青空くん、私のこと、怒ってないかなぁ」

 声が震え、息が乱れる。
 
『どうして?』
「俵さんとの会話を盗み聞きして、勝手に怒って、酷い態度を取ってしまったから」

 映画のチケットを渡せば、「一緒に行こう」って快く言ってくれるような気がしていた。

『そんなことないよ。美心がいなくなってから、青空くん動揺してたし。きっと、俵さんに本音を隠したかったんじゃない?』

 思い出すだけで、気持ちが追い込まれる。
 私のこと、なんとも思ってないって言ってた、あの瞬間。
 
「わからない。……でもね、間接的に聞かされ、余計にショックだった」

 思い出しただけで、声が震えた。
 
「考えるほど、思い上がってたのかもしれない」
『美心は青空くんのこと、本気で好きなんだね』

 その言葉が、想像以上に胸に響いていた。
 
「最初はなんでつきまとうのか疑問だった。でも、気づいたら、好きになっていた……」

 一番近くで笑顔を見たくて、そのあたたかい手に触れたい。
 私だけを見ていて。
 
『じゃあ、もう少し頑張ってみようか』

 ハッと息を呑み、目を大きく見開いた。
 ここ数日は、諦めかかっていた。
 
『青空くんが言ってくれたの。あたしが美心とケンカしていた時にね』
「青空くんが、そんなことを」

 安心する部屋の香りに包まれ、ため息とともに少し心が軽くなった。
 
『逃げちゃダメ。熱意を伝え続ければ、きっと届くと思うよ。青空くんは美心に笑顔になって欲しいんだから』 

 ベッドから立ち、チェストの上にあるクゥちゃん写真立ての前に立った。
 優しい瞳が、頑張れと言っているかのように、私を見つめる。 
 その瞬間、青空くんの笑顔を思い浮かんだ。
 
 いつしか忘れていた。
 私が笑顔になることを、彼が一番に願っていた。

 なのにここ数日、笑っていない。
 
 きっと、青空くんはこんな私を望んでいない。
 嫌な態度を取ってしまった。
 だから、早く謝らなくちゃ。
 
 明日、必ず……笑顔で向き合う。
 絶対に仲直りするんだ。

 再び静寂に包まれた。
 間接照明の柔らかな光が、涙で曇った心にそっと包みこんだ。