――バレーボールのスパイク音が床に跳ね返り、かけ声が体育館中に響く。
 館内は二階窓や開放扉から差し込む光で、より輝いていた。

 僕は汗の香りに包まれ、賢ちゃんとトス練習をしている。
 堤先輩が一枚の用紙を持って、僕たちの間に入った。 

「賢、青空。市の大会にエントリーするから、申込用紙に名前書いとくよ」

 僕らは堤先輩の方へ行き、エントリー用紙を覗き込む。
 
「締め切りはいつですか?」
「再来週の水曜日。準備しておかないと、と思ってさっき職員室で貰ってきた」

 締切日に間に合い、ほっと胸を撫で下ろす。
 
「楽しみっすね! 次期部長!」
「おいおい。賢、やめろってば!」
「へへっ! 本心じゃ喜んでるでしょ?」
「こいつめっ!」

 僕ら一年生は、これが初めての大会。
 参加者は、二年生三人一年生四人。
 相変わらずギリギリだ。
 
 でも、ようやく出れる。
 自然と笑みが溢れる。
 この試合に、僕は意欲を感じていた。
 
「でもさ、あと最低一人は欲しいよなぁ」 
「僕、もう少し声がけを頑張ってみようかな。堤先輩、エントリーを少しだけ待っていただけませんか?」

 一人でも多く部員を集めたい――そんな想いが胸にあった。
 
「もちろんだよ。じゃあ、他のメンバーにも話してくるね」
「あ、はい。わかりました」

 堤先輩は、三橋先輩の元へ駆け寄る。

「市の大会に出れるなんて、全部青空のおかげ」
「賢ちゃんに支えてもらわなきゃ、何も出来なかったよ。それに、昨日のこと、感謝してる」

 賢ちゃんがいつも手を差し伸べてくれるから、僕は頑張れる。
 温かい気持ちで、彼を見つめた。
 
「よせよ、照れくさいな」

 賢ちゃんは微笑み、軽く頭をかいた。
 
「一日一日を楽しむことって大事なのに、忘れてた」
「追い込まれている時ってさ、つい見えなくなっちまうんだよな。そういうの、早く気づかないと勿体ないじゃん」
  
 僕は自分しか見えなかった自分を反省した。

「賢ちゃん、いままで本当にありがとう」

 新しい自分をよろしく――そんな意味を込めて伝える。
 賢ちゃんがいなかったら、いまの僕はひとりぼっちだった。
 
「……なんだよ、急にお別れみたいな言い方をして」
「全然そんなつもりじゃないよ!」
 
 気持ちが走る。ワクワク感が止まらない。
 それと一つ、伝えなきゃいけないことがある。

 床の振動が、僕の背中を押した。
 
「僕、近いうちに美心に告白しようかな」

 賢ちゃんにここまで自分の気持ちを明確にしたのは初めてだった。
 声が震える。

 史上最強の一大決心。
 もう自分を阻むものはない。 
 
「えっ、マジ?!」

 目を丸くして、嬉しそうに僕を見つめる賢ちゃん。
 
「あとで冗談、とか言うなよ?」
「言わないって! でも、先に仲直りしないとね」

 今日は仲直りしようと決めていた。
 でも、言い出せない。
「なんとも思ってない」なんて言われたら、誰だって嫌な気持ちになる。

「大丈夫、大丈夫! 当たって砕けろ……、いや、砕けちゃダメか」

 賢ちゃんは僕の腕を軽く叩いた。
 
「あははっ。そんな気持ちで頑張らないとダメだよね」
 
 部員のかけ声が、僕にエールを送ってくれている――そんな気がした。
 
「あっ、そうだ! 賢ちゃんにお願いがあるんだけど」

 練習音に包まれ、立ち上がると、賢ちゃんは僕を見つめた。
 
「ん、なに?」

 リュックからある物を取り出し、賢ちゃんに差し出す。

「十日後に美心と仲直りしてなかったら、これを代わりに渡してくれない?」

 手のひらには、ブドウ飴――美心と心を繋ぎ合わせてきたもの。
 賢ちゃんはそれを見て、ぷっと笑った。
  
「おまえが渡せよ。ってか、さっさと仲直りしろよ。誕生日近いんだし」

 僕は軽く俯き、ため息を漏らす。
 
「なんとも思ってないなんて言っちゃったから、仲直りするのは難しいかなって」

 今日、学校に来たら、美心に一番に謝ろうと思っていた。
 でも、傷つけてしまったから、切り出し方がわからない。

 友達に「なんとも思ってない」なんて言われたら、誰でも傷つく。
 この飴が少しでも仲直りのキッカケになれば――と考えていた。
 
「わかったよ。自分のペースで頑張れよ。これはカバンに入れとくから」
「ありがとう。よろしくね」
「ただし、期限前に仲直りしたら、これは俺がもらうからな」

 賢ちゃんは、いつも相変わらず。
 僕がどんなに落ち込んでいても、そっと手を差し伸べてくれる。
 
 だから、友だちでいたい。これからも、ずっと……。

 でも、本題はここから。
 胸の奥に残っている課題――あの日の言葉で傷つけてしまったこと。
 
「ごめん、あともう一つあるんだ」

 ボールの音と練習中のかけ声に、溶け込ませるように言う。 

「えっ、なに? マジなやつ?」

 僕は軽くまぶたを伏せ、頷いた。

「大事なこと。でもそれは、賢ちゃんからほのめかさないでほしい」

 体育館の横を通過しているすずめのさえずりが、心に爽やかな風を送った。
  
 ――僕があの日から、ずっと後悔していたこと。
 これからも見守り続けたい、ある大事なお願い。
 
 それは、僕たちが手助けする問題じゃない。
 彼女が強い意志を持たなければ、意味がない。

 これからもずっと、彼女の成長を見守り続けたい。