――翌朝、ひやりとした空気に包まれている教室。
 窓の外は朝日が昇り始めているのに、私の胸は凍りついたままだった。

 まだ教室に来てないのに、つい青空くんの席を見てしまった。
 ため息をつきながら空席を見つめていると、「ヘアピン落ちたよ」という青空くんの声が。
 出入り口付近から聞こえてきたので、目を向けると、クラスメイトの俵さんと話しているのがわかった。

「うわぁ! 拾ってくれてありがと〜」
「あぁ、うん」

 穏やかな声を聞き、耳が反応した。

「ごめん、この辺につけてくれない? 自分じゃ留めにくい場所なんだよね」
 
 気になってゆっくり目線だけ上げる。
 手が少し震えるのを感じながらも、青空くんは俵さんの笑顔を見て必死に落ち着かせていた。
 
「これでいい……かな」

 青空くんは首を傾けて聞くと、俵さんはにこりと微笑み、スマホカメラでヘアピンの位置を確認した。
 
「上手! 誰かの髪につけたことがあるの?」
「からかわないで……」

 そんな二人を横目に、早く終わらないかなと思いながら、人差し指で机にリズムを刻んでいた。
 私には怖い顔をしてきたクセに、俵さんにはああやって楽しそうに喋るんだ。

「ほんと、無理……」

 神経を尖らせていた肩を、誰かがポンポンと叩いた。 
 振り向くと、佐知の人差し指が、頬にプニっと食い込む。

「どうしたの? そんな怖い顔して。もしかして、ヤキモチ?」
「えっ、そんなことないよ」

 思わず目線を落とす。
 佐知は私の心を見透かしたように微笑んだ。

 全然、そんなことないのに……。
 腕を組んでそっぽを向くと、佐知は私の耳元に顔を近づけた。

「ねぇ、あの二人、なんかいい雰囲気じゃない?」

 佐知は小声で囁きながら、二人の方へ顎をクィっと傾ける。
 可愛く微笑む俵さんと、少し照れながら話す青空くん。

「べっ、別に! 普通だと、思うけど?」
「俵さん、きっと青空くん、気になってるよ」
「佐知もやっぱりそう思う?」

 思わず前のめりになる。
 俵さんは、昨日から青空くんにやけに絡んでくる。
 昨日、青空くんが私に冷たい態度を取っていたのを見て、チャンスだと思ったのかもしれない。

「あはは、美心の気持ち、バレバレだよ。気になるなら、仲直りしなきゃね〜」

 その言葉が、胸に刺さった。
 
「あ、そうだ! いいもの持ってるよ!」

 佐知は腰を低くしたまま自分の机に戻り、カバンから取り出したのは、映画のタイトルが印刷された二枚のチケットだった。

「美心と仲直りしてから一緒に行こうと思ってたんだけど、渡しそびれててさ。でも、一緒に行く相手は、あたしじゃないなってね」

 優しさが体中に広がる。
 
「でも、悪いよ。佐知が観たい映画でしょ。受け取れない」
「なぁに言ってんの! あんたたちの仲直りが先でしょ。はい、どうぞ!」

 チケットを握らされた。
 ぼんやりと眺める。

 青空くんの心は見えないけれど、きっと葛藤しているはず。
 私が一歩引くことで、少し楽にしてあげられるかもしれない。
  
「そ、だよね。一歩引く強さって大事だよね」
 
 胸の奥で決意が芽生える。
 
「美心くらい、味方でいてあげてね」

 佐知の言葉に、友達の温かさを感じた。
  
「私、絶対に青空くんと仲直りする! 仲直りしたら、この映画を一緒に観たい」

 チケットを握りしめ、勇気を出す自分を思い描いた。
 
 ――いつしか忘れていた。
 相手の心の声に、耳を傾けることを。

 佐知とケンカをした時は、私が耳を傾けなかったことが原因だったのにね。
 簡単に見えることほど、実は一番難しいのかもしれない。

 佐知にチャンスをもらったんだから、青空くんと仲直りしなきゃね。
 冷たくされても一時的なこと。
 前向きに頑張ろう。
 映画も、一緒に観に行きたい。