――放課後。私はバレー部の練習が行われている体育館に向かった。
扉に手をかけ、中を覗くと、青空くんは仲間と一緒に練習している。
昼食時はどこかへ行ってしまって心配していたけれど、普段と変わらない様子を見てほっとした。
じっと眺めていると、背の高い男子と目が合った。
さっと目を逸らしたが、足音がこちらへ向かってくる。
「何か用? 見学?」
彼は首を傾げる。
私は気まずくなって、さっと俯く。
「あ……、いや、その……」
手に汗を握らせ、黒目が左右に揺れ動いていると、彼はふっと息をもらした。
「女子なら隣のコートだけど、向こうの部長に声をかけてこようか?」
私はこのままでは予想外の流れになると思い、顔を見上げた。
「あっ、あのっ……。高槻くん、いますか?」
仲直りしたい気持ちが先立ち、つい口にしてしまった。
「青空ー? 女子に呼ばれてるよ」
青空くんはボールをその場に置いて駆け寄り、彼はコートへ戻っていく。
言いたいことは整理できていないまま、心臓がドクンと跳ねた。
「なにか、用?」
青空くんは私の顔を見るなりため息をつく。
結局、朝と反応は同じだ。
真っ白な部屋に、ぽつんと一人残されたような気分になる。
「入部したいの」
勢いで口走ってしまった自分が、一番驚いていた。
こんないっときの嘘はすぐに見破られてしまう。
青空くんになんて言われるのかな……。
本当は、仲直りしたいだけなのに。
胸がぎゅっと苦しくなった。
「ここは男子バレー部だよ」
青空くんは境界線を引くかのように目線を逸らした。
でも、私は引きたくない。
「それでもいい。マネージャーを、やらせて下さい!」
「どうして?」
頑張って言ったものの、青空くんの目は冷たい。
拳を握るが、本音は喉の奥で詰まったままだ。
「だって、青空くんも賢ちゃんもいるし、大会に出るって言ってたから、少しでも二人のお手伝いしたくて」
声が揺れる。
自分でもわかっている。入部理由が宙に浮いているのに、素直に言えなかった。
「そんなのやりたい理由にならないよ。帰って」
青空くんは二階窓から差し込んでいる日差しを浴びながら、無情に言った。
拳は小さく震え、胸の奥に小さな針が刺さるような痛みが走る。
「青空くん、一体なにがあったの? どうして、そんなに冷たいの?」
気付くと、声は悲鳴混じりになっていた。
ボールが弾む音が消え、部員たちは互いに視線を交わし、手を止めた。
体育館に残る熱気だけが、心を温め続ける。
「別に普通だよ」
青空くんは別人のような口調で言った。
「だったら、どうして私の目を見て話してくれないの?! いまの青空くんは、いつも通りの青空くんじゃない!」
言えば言うほど、気持ちが追い込まれていく。
でも、心の中で留めていた気持ちがパンパンだった。
まともに取り合ってくれない、青空くん。
まるで私が、一人芝居の悲劇のヒロインみたいだ。
すると、青空くんは背中を向けたまま足を止めた。なにかを思い描いているかのように。
「美心は僕のことなにも知らない。それなのに、いつもの僕を押しつけないでくれる?」
青空くんの声は小さいのに、やけに突き刺さった。
心にできたささくれに、痛みを感じている。
目の前に残されたのは、館内を泳いでいる汗の香りだけ。
彼は再び歩き出す――そこへ思わぬ救世主が現れた。
「青空〜。なに言ってんだよ。マネージャーがいてくれた方が、効率よくなるだろ」
賢ちゃんはバレーボールを抱えたまま、困ったように微笑み、青空くんの方へ駆け寄った。
「美心は、僕たちと目指してるところ、違うから」
青空くんは冷たい目線を落とした。
図星なだけに、私の心の傷は痛み始める。
「だからって、あんな言い方……。美心は手助けになると思って、言ってくれてるんだからさぁ」
「いまの人数で回せてるでしょ。だから、言うしかなかった」
私は青空くんが強く反論している光景を目の当たりにしたまま、目を霞ませていた。
「ちょちょちょっ……。なに怒ってんだよ。らしくねぇよ」
「別に怒ってない」
賢ちゃんは、青空くんの肩を押し、自分と正面になるように体を向かせた。
「今日のおまえ、朝からちょっと様子がおかしいぞ」
「そう? 普通だけど。じゃあ、もう戻るね」
「青空……、おいっ、青空!!」
賢ちゃんの声が、館内に響き渡った。
青空くんは、深い溜息を落とし、練習へ戻って行く。
部員たちも、緊張感が解けたように再び練習へ戻った。
いままででは考えられないほど代わり映えした対応に、心が置いてけぼりに。
私は青空くんの背中を見つめていると、賢ちゃんが駆け寄ってきた。
「あいつ、調子悪いみたい。あんまり気にしないほうがいいよ」
青空くんが冷たかった分、賢ちゃんの優しさに温かいものが込み上げてくる。
「なにか嫌なことがあったのかな」
「多分な。青空って、黙り込む時はたいてい頭ん中ごちゃごちゃしてるんだよ。少ししたら落ち着くと思う」
逸る気持ちと、抑えきれない衝動。
そのアンバランスさに、私はただ冷たい雨に打たれているようだった。



