――放課後。
 床を擦る靴音に混じって、汗のにおいと外気の熱が渦巻いている体育館。
 僕は入部したての柳井くんと、トス&スパイクの練習をしていた。

 カゴの中のボールが空になり、拾い集めに行くと、前方扉のところにいる男子生徒と目があった。
 僕はボールを脇に抱えたまま彼の傍へ行く。
 
「もしかして、見学希望者ですかね? 良かったら中へどうぞ」

 たずねると、彼は少し遠慮がちに館内へと足を踏み入れた。

「チラシを見て来たんです」

 僕は心臓が跳ねた。
 
「えっ! ありがとう!」

 あのチラシに、人を呼び込める力があったなんて。
 丸めて床に捨てられ、気持ちが踏みにじられたこともあったけど、読んでくれる人もいた。
  
「でも、僕はバレーボール未経験者で、入部してもみんなのレベルについていけるかが心配で……」

 少し不安げな彼を見て、初めてここへ来た時のことを思い出した。
 でもその時は、先輩や賢ちゃんが背中を押してくれたから、次は僕の番。
 
「大丈夫! 僕も初心者です。ちなみに何年生ですか?」
「いっ、一年の本多です」
「本多くん、よかったら、ステージの近くで見ててね。いま部長に声かけてくるから」

 部長にひと声かけに行くと、部長は本多くんに駆け寄って行き、バレー部の説明を始めた。
 つい先日の僕を見ているかのようだった。
 練習中の賢ちゃんは、僕の方へ駆け寄ってくる。

「もしかして、あいつ見学者?」

 賢ちゃんは見学者と部長の方を見つめた。
 
「うん、チラシを見て来てくれたんだって」
「マジかぁ〜! チラシ効果抜群じゃん!」

 満面の笑みでハイタッチを求めてきたので、頬を緩ませ、パチンと手を合わせた。
 
「賢ちゃん。市の大会にエントリーするには、八人くらい必要なんだよね」
「そ。あともう一人入ってくれればなぁ〜」

 賢ちゃんは、僕が試合に参加すると思っている。
 最低でもあと二人部員を集めなければならないということを、まだ知らない。
 
 こんなに沢山練習しても、全部無意味になることくらいわかっている。

「僕、昼休みもチラシ配りをしてみようかな」

 少し焦っていた。
 思いの外、人数が集まらないから。
 現段階で、大会のエントリーが間に合うかどうか、わからない。
 
「はぁ?! お前の休み時間が減るぞ?」

 賢ちゃんは心配そうな目を向けてきた。
 僕は唇をぎゅっと噛み締め、首を振る。
 
「心配してくれてありがと。でもさ、購買近くで配ったら、チャンスが増えるんじゃない?」

 最近思っていた。
 人が密集しているところで配れば、少しは受け取ってもらえるんじゃないかと。
 
「でもさ、おまえ一人で背負う問題じゃないだろ」
「大丈夫。僕はこうやって練習風景を覗きに来てくれる人がいるだけで嬉しいから」

 見学に来てくれた本多くんを見つめ、ふっとため息をもらした。

 きっと、僕はお別れが言えない。
 それどころか、突然姿を消す。
 もしそうなった時、残された部員は大きな課題が待っている。

「おまえってさ、本当にいい奴だよな。……マジで頭が上がんねぇよ」
「大げさだって。仲間が増えたら、もっとチームが強くなれるかもしれないでしょ?」

 バレー部に入部してから、たくさんの経験を積んできた。
 技術はもちろん、団結力や、思いやり。それに、仲間を信じる力。
 それが僕にとって、最高に輝かしい瞬間でもあるから。
 
「だな。じゃあ、俺も手伝うよ」

 賢ちゃんは、僕の肩にポンと手を乗せた。
 
「賢ちゃん……」
「あったりめぇだろ! お前の親友だから、さ」

 そのひとことひとことが、気持ちを揺るがせていく。
 人間の優しさが、こんなにも幸せを運んでくると思わなかったから。
 
「高槻、さっきの子、教室まで体操着取りに行ったよ。練習していくって」

 部長は嬉しそうな顔で僕たちの方へ駆け寄ってきた。
 扉の方を見ると、先ほどの生徒が出ていく姿が見える。
 
「本当ですか?!」
「青空、やったなぁ! チラシ配った甲斐があったぜ」

 賢ちゃんが僕の両肩を掴んだまま喜んでいると、部長は僕と賢ちゃんの肩に手を添えた。
 
「高槻、賢。いつもチラシ配りをありがとう」
「いえ、そんな……」
「立派な後輩がいてくれるから、僕は引退まで頑張れるよ。あとは、任せたからな」

 先輩は、僕たちの肩をポンポンと叩くと、軽く走りながら、コートの中に戻っていった。

「よっしゃ、気合入れていくぞ〜!」

 部長は声を張り上げ、気合を入れ直すかのように手を叩いて、みんなを見渡した。
 
 活気ある声が溢れている、コート内。
 シューズが擦れる音、ボールが叩きつけられる音、みんなのかけ声。
 
 それが一つ一つ増えていくのを、この胸で感じていた。
 窓から差し込む光が、みんなの笑顔をより輝かせている。

 ボールが叩きつけられ、床に弾む。
 頭上でハイタッチし、キラキラした笑顔が舞う。
  
 僕も試合に出たい。
 でもこれからは、見ることも、応援することも不可能になる。
 だから、心の中で応援し続けようと思った。

 多くの声援に囲まれ、一人一人が活躍し、お互いの実力を認め合う。
 でも、目の前にあるのは、ボールが転がり続けるコート。
 
 それでも、心の中には仲間たちの笑顔や声がある。
 僕は、遠くからでも彼らを応援し続けよう。
 出来ることを最大限に残した後は、彼らがもっと輝けるように祈りたい。