――昼休み。
 活気に満ち溢れている教室は、笑い声に包まれている。
 時おり、食べ物の香りが入り混じっていた。
 青空くんは、さきほど告白されたと思えないような表情で、おにぎりを食べていた。

 教室内に半田さんの姿はない。
 もしかしたら、心に大きな打撃を受けているのかも。
 でも、青空くんの恋愛に興味がないってことが引っかかっている。
 
「ねぇ、青空くん。恋愛に興味がないって、どういうこと?」

 気付いたときには心の声が漏れていて、焦って手で口を覆った。
 盗み聞きをしていたなんて、思われたくないのに。
 血の気が引くと、青空くんはペットボトルを口から外して、勢いよくむせていた。

「何の話? 青空が、誰にそれを言ったの?」

 賢ちゃんは興味津々な目を向ける。
 相手がクラスメイトということもあって、抑えた声で二人に顔を近づけた。

「青空くん、さっきクラスメイトに告られてたでしょ。私、見ちゃったんだ」
「マジ?! 誰に告られたの?」

 賢ちゃんは目を輝かせながら、青空くんの肩をポンポンと叩いた。
 青空くんは、頬杖をつき、困った様子。
 
「しっ! 賢ちゃん、もっと小さい声で!」

 私は口元に人差し指を当てた。
 
「わりぃ。つい興奮しちまって……」

 賢ちゃんとコソコソ喋っていると、青空くんはため息をついた。
  
「そのまんま。恋愛する気はゼロ。他に優先したいことがあるから」

 青空くんは、目線をペットボトルを見つめながら、そっと蓋を閉じた。
 やっぱり、部活や勉強が忙しいだけだと思っていたけど、女子の視線に気づいてないだけなのかもしれない。

「他に優先したいこと……? なに、それ」

 賢ちゃんはきょとんとしたまま聞いた。
 
「美心に友達と笑顔を増やしてあげたいなって。美心ってさ、笑ってる顔の方が似合うからさ」

 青空くんはペットボトルを片手で支えたまま、にかっと笑った。
 
「えっ、私っ?!」

 私は予想外のブーメランに、声が裏返った。
 なんとなくそうかな、と思った時はあったけど、勘違いしたくないから否定してきた。
 冷静に考えると、”友達として”なのか、”恋愛として”なのか、頭の中でごっちゃになる。

 賢ちゃんは顔を傾け、青空くんの肩に手を置いた。

「……おまえさ、白昼堂々、美心に告ってんの?」

 賢ちゃんの目があまりにも真剣だったせいか、青空くんはぷっとふきだした。
 
「別に告ってないよ? 友達ならさ、いつも笑っていてほしいと思うんだ。普通じゃない?」

 さらりとした答えに、私の妄想が煙のように消えた。
 一瞬高鳴った心臓が、勘違いに気づいたように安定する。
 同時に、教室内の笑い声が耳に飛び込んできた。

 深い溜息をつき、再びお弁当を箸で突っついた。
 
「まぁ、そうだけどさ。恋愛より先にやることじゃないだろ」
「優先順位はトップだよ。……時間は、限られているし」

 青空くんはハッと目を見開き、口に手を当てた。
 まるで秘密を漏らしたような様子だった。

 時間は限られてる? それ、どういう意味だろう。
 そういえば、青空くんは家族のことや、どこに住んでるかとか、どこから引っ越してきたのかは一度も言ってない。
 毎日一緒にいても、知らないことばかりだ。

「時間は限られてる……。どういうこと?」

 教室のざわめきが聞こえなくなるほど、私はその意味を考えた。
 
「ご、ごめん。ただのひとりごと……」

 青空くんは苦笑いをしながら、もう一つのおにぎりを掴んだ。
 私は時間のことを考えながら、彼の手元を見つめていた。
 
「言えよ〜。俺たち、親友だろ」
「ほ、本当に何もないってばぁ!」

 結局、最後までその意味を教えてもらえなかった。
 その言葉が、青空くんの重大な秘密に繋がっているなんて、夢にも思わなかった。