――四時間目終了後。
 国語の授業が終わり、教室にざわめきと机の音が広がった。
 僕はサンドウィッチが入っているレジ袋を持ったまま、美心の向かい側の席に座る。

「ご飯、一緒に食べよ!」

 弾んだ声でレジ袋を開けた。

「えっ、でも…」

 目を泳がせる美心。
 僕は「大丈夫?」と尋ねた。

「また……噂、されちゃうかも。青空くんが嫌な想い……する」

 美心の声のボリュームが下がっていった。
 すると、美心の気持ちを煽るかのようにささやき声が聞こえてきた。
 
「またあの二人?」
「もしかして、付き合ってんのかなぁ」

 その瞬間、美心が僕のことを気にしてくれていたんだとわかった。
 美心の心情を察し、そっとレジ袋を持ち上げた。

「わかった。別の奴と食べ……」
「待って!」

 美心は急に声を張り上げた。
 びっくりして目線を落とすと、美心の頬が赤く染まっている。
 
「嫌……なんて、言ってない」

 僕は心臓が弾んだ。
 
「慣れるまで、少し時間がかかる、かもしれない。人とご飯を食べることが、ハードル高かっただけ……」

 お弁当袋を掴んでいる手が震えているのを見て、自然と気持ちを悟った。

「じゃあ、座ってもいいかな」

 僕の気持ちはすっと楽になる。
 
「うん。……一緒に、食べよう」

 美心がにっこりと微笑むと、僕は腰を下ろした。
 
「もしかしたら、美心のお弁当のおかずが欲しくなっちゃうかも」
「あははっ。……そしたらあげるね。青空くんは、どんなおかずが好きなの?」

 会話を重ねているうちに、美心の表情は和らいでいった。
 もう、雑音なんて聞こえない。美心の笑い声がかき消してくれるから。
 
 隣に人影が見えた。
 と同時に椅子を引きずる音が聞こえた。――賢ちゃんだ。

「なになになに〜? お二人さんで食べるつもり?」

 賢ちゃんはどかっと腰を下ろして、購買のレジ袋を机に乗せた。
 
「いい雰囲気のところ悪いけど、お邪魔しちゃうよ〜」
「あはは。そんなんじゃないってば!」

 きっと、僕たちの空気を読んで間に入ってくれたんだろう。
 さすが、と思ったりして。
 でも、美心の方を向いたら、気まずそうにしている。

「美心、賢ちゃんも美心と話してみたいって言ってるけど、どう?」

 僕は顔を傾けて聞いたけど、美心は口を開かない。

「無理は言わないよ。ただ、三人の方が噂もされにくいかなと思って」

 美心は、多分僕が賢ちゃんと親友だということに気づいてる。
 僕とご飯を食べるのが初めてなのに、少し無理をさせちゃうかな、と思っていた。――その時。

「俺さ、カレーパンが好きなんだけど、鈴奈は何パンが好き?」

 賢ちゃんは、僕に話しかけるような口調で、美心に問いかけた。
 
「……チョコディニッシュ、かな」

 口元を震わせながら呟いた。
 
「さっき購買でくるみパン買ってきたけど食う? こっちも絶品だよ」

 賢ちゃんはレジ袋をガサゴソと漁り、くるみパンを美心の前へ。
 
「えっ! いいよ、お弁当があるし……」

 美心は、両手を胸の前で広げて振った。
 
「遠慮すんなって。友達になったお礼にどうぞ」

 賢ちゃんは、くるみパンを美心のお弁当の横に置いた。
 話しを途切れさせないのは、緊張させない為だろう。
 僕は、寄り添い過ぎる姿勢にプッとふいた。
 
「前世でも友達だった約束、覚えてる?」

 賢ちゃんの目線は美心へ。
 遊び心として話している。
 
「えっ、なんのこと?」 
「後世でも友達でいようって、約束したじゃん!」

 賢ちゃんがウインクを連投させると、美心はお腹を抱えながら笑った。
 
「あははっ! ごめん、その約束忘れてたよ」

 その笑顔を見つめていたら、僕も一緒になって笑っていた。
 
「そのくるみパンは、鈴奈が前世に食べそびれたやつだよな?」
「前世ネタ、まだ続くんだ〜。あははっ!」

 美心は賢ちゃんの冗談に慣れてきた様子。
 
「今日から鈴奈のことを”美心”って呼ぶよ。美心も”賢ちゃん”って呼んでね! もう忘れてるかもしれないけど!」

 賢ちゃんは安心したように、話を続けた。
 
「うん、今世でもよろしくね!」

 二人が笑い合ってる姿を見ていたら、なんだかこっちまで嬉しくなった。
 きっと、賢ちゃんの人懐っこさに、妹たちも救われているんだろう。

 
 ――学校帰り。
 僕と美心は、下校している生徒たちの波に乗りながら、駅へ向かう。
 先週より今日と、美心の心の壁は少しずつ下がっていることを感じた。
 
「一つ質問してもいい?」

 美心の方を見ると、丸い目で見てきた。

「なぁに?」
「どうして賢ちゃんと話そうと思ったの?」

 美心は突然足を止める。
 僕は二、三歩先から振り返ると、美心はカバンをぎゅっと握っていた。
 
「そっ、青空くんのこと、信用しているから……。それだけ!」

 急に走り出して、僕を追い越していった。
 精一杯な気持ちなんだなぁと悟ったら、こういう素直なところがいいなと思った。
 僕は温かく波打つ鼓動に、そっと手を当てた。
 
 コンビニ前にさしかかると、美心は何かを思い出したかのように足を止めた。
 
「あのね、この前の夜、神社で青空くんを見かけたの」

 驚いて、息が詰まった。
 
「えっ……」
「あんな時間に何か大事な願いごとでもしてたの? 制服姿だったし」
  
 周辺に人がいないことを確認してから、神社へ行ったのに。
 震えた唇のまま、彼女を見下ろす。
  
「あっ、えっと……。たまたま通りがかって」

 手汗を握っている僕に、彼女は首を傾けた。
 
「でも、しっかりお願いごとをしているように見えたよ?」
「か、軽く頭を下げただけだったんだけどなぁ。あはは……」

 僕はこの話題から逃げるように、歩くスピードを早めた。 
 嘘はつきたくないけど、誤魔化さなければならない。
 
 この神社は僕にとって特別な場所だから。
 それを、美心に知られるわけにいかない。