――HRが終わった放課後。
 西日が差す教室で、クラスの声が漏れ聞こえる。
 荷物をまとめた僕は、美心の席へ向かった。
 
 目が合うと、美心は席を立ち、歩き出した。――僕は、その手首を掴んだ。

「待って!」

 彼女は声に気づき、振り返る。
 
「僕と、話……しない?」
 
 その瞳は揺れていた。
 でも、研修合宿の日より気持ちが落ち着いたのか、少し穏やかに見える。
 
 彼女は力の抜けた目で頷いた。
 
 僕たちは一緒に教室を出る。
 ざわつく廊下を、彼女の手を引いたまま歩くと、生徒たちの視線が集まる。

「やだぁ〜……。やっぱりあの二人、デキてるんじゃない?」
「選ぶ相手が間違ってるよね。どうしてあの子なの?」

 女子たちのヒソヒソ話が耳に届く。
 でも、噂なんてもう慣れた。
 
 彼女が気になって目を向けると、困惑したように俯いていた。
 また、僕の悪いクセが出て、手をパッと離す。

「空気読めなくて、ごめん」
「……平気。もう慣れたし」
 
 微妙な距離感が漂う中、僕たちは中庭へ向かった。
 

 ――中庭に到着すると、生暖かい緑の香りが僕たちを包む。
 ゆっくりと振り返り、彼女の瞳を見つめて頭を下げた。

「この前は、ごめん。美心の気持ちも考えずに先走ってた」

 つい自分の気持ちを押し付けてしまった。 
 
「ううん。青空くんは、色んな人と仲良くして欲しかったんだよね」
「次はちゃんと相談するから。仲直りしたい」
 
 彼女はふっと息を漏らして呟いた。

「……私も、青空くんと仲直りしたい」

 僕は嬉しくなって目を見開いた。
 
「本当にっ?」
「うん。私も、ひど言い方をして後悔してたの。本当にごめんね」

 彼女はふっと笑った。
 
「良かった……仲直りできて」

 僕は肩の力が抜け、緊張が解ける。
 仲直りには、もっと時間がかかるかと思っていたから、驚きと安心が混ざった感覚だ。

「実はランチを断ったのは、メンバーの中に佐知がいたからなの」

 意外な答えに、目が丸くする。
 岡江さんは、美心と仲良くしたがっているように見えたからだ。
  
「でも、岡江さんは昔みたいに喋りたいって言ってたよ?」

 二人の温度差に少し戸惑う。
  
「合宿の時に言ってたトラウマって、佐知とのケンカだったんだ」

 彼女は寂しそうに唇を結んだ。
  
「ごめん、事情を知らないクセに勝手なことをして……」
「いいの。私が言わなかっただけだから」
「でも、どうしてケンカを? 岡江さんは仲直りしたそうに見えたけど」

 ハッと賢ちゃんの言葉を思い出して、口を塞ぐ。
 そろりと美心の顔を見るが、特に気にする様子ない。
 
「ごめん……。また悪いクセ」
「いいの。いまから言おうとしてたから」

 僕がベンチに座ると、彼女は隣に座った。
 肩を並べて座ると、こんな小さな体で牙をむき出しにしていたんだと、改めて思う。
 
「小学五年生の時、佐知は自慢の親友だったの」
「だから、あんな風に言ってたんだね」

 いまなら、岡江さんの言っていた意味がわかる。
 
「うん。人が苦手だったけど、彼女のおかげで心を許せるようになった。……でもある日、事件が起きたの」

 彼女の表情が少し曇る。
 
「どんな?」
「交換日記に、『美心の好きな人はだれ?』って書いてあった。素直に書いたけど、ノートが破られて廊下に捨てられていた。拾った時は、胸が張り裂けそうだった」

 彼女は遠い目をし、軽くまぶたを伏せる。
 
「幸い拾ったのは自分。噂にならずに済んだの。親友だから、秘密を打ち明けたのにね」

 拳の上には一滴の雫が弾き、僕はそっと手を添えた。

「もう、大丈夫だよ」

 彼女は右手で目をこすり、驚いた表情を見せる。
 
「僕はそんなことをしないし、美心に幸せになって欲しい……それが、僕の願いだから」

 どんな言葉をかければ、傷ついた心を癒やしてあげれるのだろう。
 僕にはくれしか言えないけど、美心が人を信じられたら、きっともっと幸せになれる。

「あ……りがと」

 彼女は震える声で呟いた。

「そうだよね、逃げてばかりいても、正解は見つからないよね」

 その目は未来を見つめるように遠くを見ていた。
 
「うん。一緒に少しずつ探していこ」

 僕は小さく頷く。
 決心に満ち溢れた彼女の瞳が輝いているのを見て、胸が温かくなる。

「じゃあ、これからも友達でいてくれる?」

 小指を差し出すと、彼女は笑顔でそっと指を絡めた。
 
「うん。約束」

 残り二十四日間。
 この時間をフルに使って、必ず美心を笑顔にしてあげたい。