――翌日。陶芸教室を終えて、自由行動の時間になった。
 山々に囲まれた古い街なみを歩き、食べ物の香りにお腹がぐぅと反応した。
 相変わらずな私は、近くのコンビニへ向かっていると、青空くんから呼び止められた。

「美心、お昼どうすんの?」
「コンビニのイートインコーナーで食べるつもりだよ」

 最初からスケジュールが決まっていたので、平然と答えた。
  
「せっかくの旅行なんだからさ、コンビニじゃなくてもいいんじゃない?」

 青空くんは、不満そうに首をかしげる。
 
「一人でその辺の店に入っても、面白くないし」

 ハッとして手で口を覆った。
 これじゃあ、一緒に食べようと言ってくれるのを待ってるみたい。
 彼は、私よりも奥に目線を向ける。

「そ? ……じゃあ、行ってみようか」

 ニコッと笑うと、私の手首を引いた。

「えっ、どこへ?」
「いいから、いいから」

 どちらかというと連れて行かれ、されるがままついて行く。
 彼は、四〜五人の女子集団の後ろにつき、明るい声を浴びせた。

「ねぇ。よかったら、美心も一緒にランチさせてもらってもいい?」

 集団の彼女たちは振り返った後、どよめき声を湧かせた。
 私の表情が、一瞬固まる。

「えっ、私たちだけでいいよ……」
「誰か意見ちょうだい」

 彼女たちはお互いの目を見ながら、誰かの判断を煽っている。
 そこで自分の価値を思い知らされ、目が霞んでいく。

「そんなこと言わないでさ。せっかくの旅行なんだからさ」

 ……青空くんは、わかってない。
 その反応が、好意的ではないということに。
 拳を握ると、隙間からか細い声が届いた。

「い……、いいよ」

 ゆっくり顔を見上げた。
 彼女たちの真ん中にいる佐知が、目線を浴びたまま俯いている。
 すると、仲間の一人が佐知の前へ。
  
「えっ、なに言ってるの?」
「私たちだけで食べるって、決めたじゃない」

 私は肩を震わせながら、唇を強く結んだ。
 佐知は決心したかのようにこくんと頷いた後、私の前へ。
 
「……一緒にご飯食べよう」

 佐知は息を呑み、昔を懐かしむような目を向けた。
  
「昔みたいに、なんでも話したいよ」

 震える声に、胸が締めつけられる。

「いまでも友だちだと思ってるし、また仲良くしたい」
 
 青空くんは、佐知の思いが届いたように微笑んだ。
  
「美心、良かったね!」
 
 これが、どれだけ私に影を落としているかさえ知らずに、青空くんは声を弾ませている。

「一緒に食べてくれるって」
 
 佐知の仲間は、お互いの顔を見合わせ、ざわついている。
 私は街の騒音に溶け込んだ彼の声に、胸が引き裂かれそうになった。
 喉の奥から、声を絞り出した。
 
「……頼んで、ない」

 何かが、弾けた。
 かすれた声が、みんなの注目を浴びる。

「どうして余計なことをするのよ」

 拳が揺れ、眉間にシワを寄せた。
 心臓は爪で撫でられたように痛い。
 
「美心? もしかして、怒ってる?」

 青空くんは様子を伺うように、私の顔を見つめた。
 
「……私を惨めにさせたいの?」

 私は唇を震わせたまま、青空くんの顔をじっと見る。
 
「みんなで食べた方が……」
「勝手に決めつけないで!」

 気付いた時には、怒鳴り声を上げていた。
 周りの空気が凍りつく。
  
「岡江さんがいいって言って……」
「そんなの人に決められたくない!」

 私はキッと上目を向けると、青空くんの瞳は信じられないといった様子で驚いている。
 
「一人でご飯を食べるよりいいかと……」
「お節介はもう二度としないで!」

 声を枯らし、走って場を離れた。
 最近は、佐知があまり話しかけてこなかったから、せっかく気持ちが落ち着いていたのに。

 私ははぁはぁと息を切らし、細い路地裏で足を止めた。
 人通りのない空間は、モヤのかかった気持ちを落ち着かせ、肩を下ろす。
 青空くんの気持ちも、佐知が仲直りしたいということも知ってる。
  
 壁に背を押し付け、床にずり落ちた。
 小さくもれる息が風に溶け、心の痛みと戦う。 
 緊張感のとけた賑やかな笑い声が辺りを包み、心の傷を撫でた。
 
 佐知はどうして……、心の隙間に入ってくるの。