――数時間後。
 私は小さな湯気を身にまといながら、宿舎の廊下でお風呂セットを持ったまま歩いた。
 
 隣の階段から青空くんが一人で下りてくる。
 手にはお風呂セットとペットボトル。
 
 髪が濡れてない。
 これからお風呂に向かうのかもしれない。

 私たちは目と目が合う。
 青空くんなゆっくりと歩き、私の前で足を止めた。

「お風呂行ってきたんだね。体、温まった?」
「うん。たっ……青空くんは、これから?」

 ついクセで”高槻くん”と言いそうになった。
 ”青空くん”って言い慣れなくて、恥ずかしい。
 
「そう、これから」
「ケガ、大丈夫だった?」

 青空くんの左腕を見る。
 少し青たんになっていた。
 彼は大丈夫だよと言わんばかりに、そこをポンポンと叩く。
 
「たいしたことないよ。……脂肪? が他の人よりちょっと多いかも。あはは」
「なにそれぇ! めちゃくちゃ心配してるのに」

 数時間前まで敬語だったのに、急に仲良くなって、なんか変な感じ。
 青空くんは右手に持っているコーヒー牛乳を、私に向けた。

「これ、さっきのお礼」
「そんな。こっちが言うべきなのに」

 私は両手を振って遠慮した。
 彼は探しに来てくれた上に、パーカーを貸してくれた。
 ……でもあの時、私がいなくなったことに気づいてたんだ。
  
「でも、美心が手を握り続けてくれたから、寒くなかったよ」
「もうっ! それ恥ずかしいから言わないでよ」

 コーヒー牛乳を受け取ると、青空くんは顔をじっと見つめてきた。

「ねぇ、どうしてそんなに顔が赤いの?」

 ビクッと体が揺れた。
 
「もしかして、さっきの雨で風邪引いちゃった?」 
「そんなことないっ! き、気のせいだよ……多分」

 顔が熱くなってることに気づかず、さっと後ろを向いた。

「そう? なら良かった」
 
 私は振り返り、「じゃあ」と言って離れる。
 彼は「ゴホン」と咳払いをした。
  
「えっと……。そろそろ僕と、友達なってほしい」

 私はきょとんとしたまま振り返る。
 そういうこと、考えてなかった。

「えっ、友達?」 
「いま友達にならないと、後悔しそうで。時間……、あ、いや。何でも話し合える仲になりたい」

 彼はにこりと笑った。
 初めて出会ったあの日から、私はひどい態度を取り続けていたのに。
  
「でも、私なんて……。友達になる資格なんて、ない」

 俯いた。
 もう一度人を信じられるかどうか、自信ないかも……。
  
「『私なんて』じゃなくて、美心がいい」

 私は驚いた目で見上げた。
 そこには輝かしい笑顔が、私を見つめている。
 
「最初はなかなか喋れなかったけどね、いまは違う。手の温もりに安心したから」

 胸がドキッとした。
 俯く。
 
「青空くんには負けたよ。だって、諦めてくれないんだもん」

 毎日、話しかけてきてくれた青空くん。
 最初は煩わしかった。
 いまは傍にいるだけで心強く思う。
 
「あはは。じゃあ、友達になるのでOK?」

 青空くんは温かい目で、小指を差し出す。
 
「うん! 約束する」

 私も小指を出して絡めた。なんだか、懐かしい気持ちに。

 会話を終え、私はタオルを首にかけて、四人部屋の隅に腰を下ろした。
 畳の香りが漂うと、どこかほっとする。
 他の女子三人は、スマホを片手に何かおしゃべりしている。
 
 スマホを開いて、クゥちゃんの画像を開いた。
 小声で呟く。
 
「久しぶりに友達できたよ。男子だけど、私にはもったいないくらい素敵な人」
 
 画面の向こうのクゥちゃんは笑っている。
 
「本当は、直接報告したかったなぁ」
 
 もし、もう一度会えたら、今度は泣かずに楽しい思い出を作りたい。