――汗が額を伝う。今日こそ誰かに声を届かせたい。
僕は校門に立った。
カバンからあるものを取り出し、校舎へ流れてくる生徒に向かって声を上げ、配り始めた。
「男子バレー部に入りませんかぁ〜? 一緒に青春の汗をかきませんか〜?」
男子生徒が目の前にやってくる度に、バレー部員募集のチラシを向けた。
これは、昨日の放課後に居残りして作ったもの。
賢ちゃんのアイデアを参考にして勧誘を始めた。
でも、だいたいの人が受け取らない。
みんなそれぞれの事情を抱えているのだろう。
束の中からチラシを一枚。
受け取ってもらったら「ありがとうございます」と頭を下げて、また次の人へ。
誰かの心に届くようにと願いながら……。
校門の奥から賢ちゃんがリュックを揺らしながら、こっちへ向かってきた。
「こんな朝っぱらから、なにやってんだよ」
「なにって、バレー部の勧誘だよ?」
僕はお手製のチラシを賢ちゃんに見せた。
彼は受け取って、じっと見つめる。
「これ、お前が作ったの?」
「うん。僕はバレーが上手くないから、部活の貢献をしようかと思って」
人数、集めなきゃいけないし。
「嘘、だろ……」
「大きな声を上げていれば、きっと誰か聞いてくれるから」
にこりと笑う。
賢ちゃんは瞳を潤ませた後、僕の方をポンッと叩いた。
「おまえ……、ほんといい奴!」
僕は頼られてるようで、嬉しかった。
「そ、そんなことないってば!」
「じゃあ、半分手伝うよ」
僕はうんと頷き、チラシを半分渡した。
それから僕たちは少し場所を離れた。
途中でバレー部員が続々と登校してきて、僕は賢ちゃんと同じように喜ばれる。
もう、バレー部員の一員として認められているかな? なんて、思ったりして。
「なに、バレー部? いま部員募集してんだぁ〜」
両耳にピアスをしている黒縁メガネの男子生徒が、チラシをひょいと受け取って眺めた。
僕は初めて返事を受け取り、気分が上る。
「よかったら、一緒にどうですか? みんな優しくて、いい人たちです!」
前のめりになっていると、彼はチラシをクシャっと丸めて僕の頭上に投げた。
一瞬、何が起こったかわからず、丸まったチラシだけが地面に転がる。
それを見た途端、時間が切り取られたように息が詰まった。
「あははっ。せっかく玉投げてやったのに、こんなのも拾えねぇの?」
薄笑いをしながらメガネの彼は場を離れていく。
僕は心臓を爪で引っかかれたような気分に。
唇を震わせたまま屈み、チラシに手を伸ばすと、こちらへ走ってくる足音が聞こえた。
「てんめぇ! 何してんだよ、こらぁ!!」
――賢ちゃんだ。
彼はメガネの彼を睨み、歯を食いしばり、襟元を掴み上げる。
だが、メガネの彼は顔色を変えずぶ賢ちゃんを見下す。
「何って? 遊んであげたの。その方が盛り上がるでしょ?」
「はぁっ?! こっちは真剣に配ってんだよ! 青空がどんな気持ちでチラシを作ったか考えてみろよ!」
「そんなの俺には興味ないし〜」
「なんだとぉ!」
僕は額が真っ青になったまま、賢ちゃんの震えている手を掴んだ。
このままでは、二人とも傷つけあってしまう。
「賢ちゃん、相手にしなくていいよ。僕は大丈夫」
穏やかに取り繕った目を賢ちゃんに向けた。
遠くから聞こえてきたクスクスと笑う声が、僕の耳の奥を突く。
「青空が許しても、俺が許さねぇ!!」
賢ちゃんは歯を食いしばり、力が徐々に強くなっていく。
瞳は揺れていた。
メガネの彼は、力の抜けた目で薄笑いしている。
僕は額に汗を滲ませたまま二人を引き離した。
「興味がないなら、帰ってくれませんか? 僕たち、忙しいので」
冷静な声で言うと、メガネの彼は、賢ちゃんを突き放した。
「冗談言っただけじゃん。マジかよ、ノリ悪ぃな」
襟を正し、不機嫌な顔を向けると、校舎の方へ足を向け、去っていった。
賢ちゃんは「てめっ!」と声を上げ、再び背中を追いかけようとした。
僕は心臓をバクバクさせ、賢ちゃんの腕を掴み、首を振った。
「あいつにムカつかねぇの? こっちは一生懸命やってんのに、おちょくってきたんだぞ?」
賢ちゃんの瞳の奥が揺れていた。
きっと、苦しかった。
「怒っても、何もプラスにならないよ。それより、いまは時間を大事に使おう」
チラシをぎゅっと握ったまま冷静な口調で言うと、賢ちゃんは深い溜息をつき、足音を立てながら元の位置に戻っていった。
僕は唇を噛み締め、定位置に戻ろうとすると、視界の片隅に美心の姿を発見した。
深めの深呼吸をし、小走りで近寄り、目の前にチラシを向ける。
「おはよう! 美心もバレー部に入らない?」
「えっ……」
彼女は足を止めると、困惑の表情を浮かべ、カバンの取っ手をギュッと握りしめた。
「いま女バレも同時募集してるみたいだし、どうかなと思って」
美心は俯いて小さく息を漏らした。
「僕は初心者だけど、みんな優しくて。それに、体を動かしてると、楽しい気分になるよ」
バレーボールが、学校に来る楽しいきっかけの一つになればいいなと思って伝えると、彼女はチラシに目を落とした。
指先が少し揺れ、軽く目を通しているようにも見えたが、諦めたように目をそらす。
「きょっ、興味……ありません。それに、球技とか、見るのは好きだけど、あまり得意ではないので。……失礼します」
目線が揺れた後、軽く頭を下げて、僕の横を走り去っていく。
僕は息を整えながら、美心の背中を見つめた。
でも、その背中にはうっすらと光る何かが滲んでいた。
賢ちゃんは僕の隣に駆け寄り、同じ方向を見ながら肩に手を乗せる。
「あいつ、相変わらずだな。友達になるには、まだ時間がかかりそうかも」
軽いため息が届いたが、僕は見逃さなかった。
瞳の奥に、少しだけ警戒が緩んだ様子が見えた。
「でも、返事が少し変わったよ?」
「俺にはわかんなかったけどね」
美心の心はまだ深く閉ざされていたが、わずかな変化に、自分の手助けの余地を感じた。



