――夜、私はブラウンのチェストの上に置いてある、クゥちゃんの写真をぼんやりと眺めていた。
 写真は、クゥちゃんの特等席に置いている。
 朝起きたら『おはよう』、学校前には『行ってきます』と声をかけていた。
 
 写真を見るだけで、胸がキュッと痛む。
 
「クゥちゃん、今日は変な一日だったよ」

 写真を眺めたまま考えていた。
 職員室でクラス分のノートを受け取り、青空くんに抱っこされたときの一連の動作を。
 高槻くんに抱きしめられた感覚が体に蘇ると、思わずベッドに顔を埋めた。

 ノートを渡さないくらいで、気軽に抱っこしてこないでよ。

 それでも、授業中にケガをした時に見ていてくれた。
 足を引きずっているのを見て、心配してくれたし。

『人が苦手なら、自分だけは味方になってあげて』
 
 彼に指摘されなければ、無理をしていただろう。
 右足首に目線を落として、彼の心配を思い出す。
 
「美心〜! ちょっとお願いがあるんだけど〜」

 リビングの方から母の声が聞こえたので、部屋を出た。

「ママ、なぁに?」

 廊下からリビングを覗くと、母は財布を開きながらこちらへ近づいてきた。
 
「悪いんだけど、マヨネーズが切れちゃったから、コンビニで買ってきてくれない?」
「いいよ。すぐそこだから」

 母は財布から千円札を出して手渡す。
 その時、母の目線が滑るように私の足の包帯へ向けると、まばたきが増えた。

「あら、包帯? 学校でなにかあったの?」 
「……あ、ぶつけただけ」

 私は包帯が巻かれている足を反対側の足の後ろへ隠し、母の気をそらした。
 母はため息をつく。
 
「足が痛いなら早く言いなさい。買い物は、お母さんが行ってくるから」

 エプロンを外そうとしたので、私は慌てて口を開いた。
 
「ううん! もう大丈夫だから行ってくるよ」
 
 母は仕事から帰ってきたばかり。
 疲れた母にこれ以上の負担をかけたくなくて、近くのコンビニまで歩くことにした。

 
 買い物を済ませ、コンビニを出る。
 なんとなく辺りを見ていると、制服姿の高槻くんが街灯に照らされ、すぐ脇の道を歩いていた。
 もしかして近所に住んでるのかなぁ。
 

 高槻くんの背中を追い、神社の階段を上っていくのを見届けた。
 夜の神社は静寂に包まれ、木々の葉がそよぐ音だけが聞こえる。
 その静けさが、私の胸のざわめきがいっそう強く感じられた。

 月夜に照らされる高槻くん。
 瞳に映る彼は、お賽銭箱の前でそっと手を合わせていた。
 私はコンクリートの鳥居に身を隠し、声を溶かすように聞き入る。
 頭の中で「ありがとう」が浮かぶ。

 でも、怖くて言えなかった。
 信じる人に裏切られたくない。もう傷つきたくない。
 
 私は殻に閉じこもった。