昨日買ったご飯を急いで食べる。1科目終わってもう進むしかないと覚悟が決まったのか、今朝のご飯ほど喉を通らない感じはしない。味もわかる。
以前、吹部の友達が言っていた、一番緊張するのは舞台袖で、いざ舞台に上がって楽器を構えたらもう集中するしかなくて緊張なんてしないというのと似ている。試験開始前はばくんばくんとうるさかった心臓が、今は落ち着いていて静かだ。
案の定、同じ高校の生徒が固まって大声で話している。答え合わせこそ聞こえてこないが、いつ始めてもおかしくない。さっさと食べ終えて、居心地の悪い教室を抜け出した。
早く食べようと無理やり詰め込んだからか、冷たいコンビニ弁当が胃に残っているような気がする。坂を登り、階段を上がり、安田講堂前に向かった。ベンチのあたりをうろうろしていると、見慣れた黒髪が姿を現す。
「ちょっと、着いたなら連絡しなさいよ」
「あ、そっか。ごめんごめん。お疲れ」
昼休みはお互いの緊張を和らげるために会うことを決めていた。同じように、同じ高校どうしで待ち合わせしていたであろう受験生たちがどんどん集まってくる。でも、教室内ほど声が響かないため、答え合わせの巻き込まれ事故は起こらなそうだ。
もちろん、終わった科目のことについて、どうだった? なんて聞くことはない。何も言葉を交わさず、ただ隣にいる。それだけで落ち着くから。
知らない土地、憧れの大学の憧れのキャンパス。目が回りそうなほど広い敷地の中に、知り合いもおらず、ただひとりぽつねんと放り出されたら、それはそれは孤独で不安になってしまうだろう。持っている実力を発揮するためには、落ち着くための要素はなんでも使ったほうがいい。
友達に対して「要素」なんて言葉を使うのは薄情にも思えるが、私たちは心の友なんていう温かい間柄ではない。ライバルだ。冷たい関係では決してないものの、お互いがお互いを合格のために使うなんて当たり前。だって、私たちは命を燃やして闘っているのだから。
なんてことを思ってしまうのは、翠ちゃんのクールなスタンスに影響されているんだろうか。じゃあ、温かい間柄に近いじゃないか。考えている間に自己矛盾が生じてきて、思考を振り払う。そんなこと、考えていても仕方ないや。人間関係なんて、言葉で説明できるもんじゃないし。
立っているのに疲れてきて、歩こうと提案する。翠ちゃんは軽くうなずいて歩き出した。佐々木さん曰く、試験時間中はずっと座っていて血流が悪くなっているから、休憩時間に立ったり歩いたりすることで、頭に血をめぐらせた方がいいんだと。食後は眠くなりやすいから、運動して目を覚ますという目的もある。午後の数学の途中で眠くなって頭が働かないなんて、理系受験生にとっては本当に致命的だ。
左腕をチラリと見ると、13時が近づいてきている。数学の開始時刻は14時。つまりその30分前、13時30分には問題集をしまえという指示が出るはずだ。そろそろ戻って勉強した方がいいか。
「じゃあ、そろそろ行くわ。あたし、数学5完してくるから」
こちらから言い出そうとしていたのに、先を越されてしまった。偉そうに自信満々に言う彼女に、思わず笑みがこぼれる。いつも通りだ。安心する。
「うん。私も3完2半狙う」
「もっと上狙いなさいよ」
「ええー? じゃあ私も5完」
「いいね」
じゃあね、と言って手を振って別れる。翠ちゃんは私の教室より若干遠いから、スタスタと急いで去って行った。私も教室に戻る。先ほどのおしゃべり受験生たちはまだしゃべり足りないのか、手を叩きながら大きな笑い声を上げている。試験当日に、呑気なものだ。
肩慣らしに一問だけ解く。手は疲れるから動かさないし、頭も全力で回すわけじゃないけど。別に調子が悪いとかはないかな。大丈夫そう。
公式集を見返す。もう何千回何万回と繰り返し使ってきた公式たちが並んでいるのを見ると、感慨深い。この公式集は学校で配られた参考書の付録として付いてきたものだけど、模試のたびに確認用に使っていたら、端がボロボロになってしまった。私、結構物持ちいい方なんだけど。まあ、それだけ頑張ってきたということだろう。
あっという間に13時半が近づいてきて、試験監督たちが部屋に入ってくる。教室ごとに教授が配置されているのか、さっきと同じ人たちだった。
指示に従ってトイレを済ませ、また必要なものだけを机の上に出して何度も確認する。隣の席は静かな女の子で、変な人じゃなくてよかったな、と思う。受験の経験談を調べていると、隣の人がお腹を壊していて何度もトイレに立って少し気が散ったとか、貧乏ゆすりが激しかったとか、体臭がひどくて集中できなかったとか、独り言をぶつぶつ唱えながら問題を解いていてうるさかったとか、とにかく色々な隣人が出てくる。そういうお隣を引かなくてよかったと心から思った。
同時に、私も変な隣人扱いされていないといいな、とも思う。臭いとか汚いとかうるさいとか、思われていたら恥ずかしいなんてもんじゃないし、申し訳ない。
さっきとまったく同じ注意事項の説明があり、問題用紙と解答用紙が配られる。事前情報と特に変わったことはなく、解答用紙は2枚。前半3問と後半3問に分かれている。気をつけなければいけないのは、問題番号と解答する問題がズレないようにすることだけだ。
——よし、大丈夫。数学はさほど苦手なわけではない。数学が重要なピースだと佐々木さんに教えてもらってから、特に数学に力を入れて対策していた。数英の2科目が伸びるのに時間がかかるらしい。スタートは遅かったけど、それを取り戻すくらいの勢いで勉強した。だから、大丈夫。
「では、数学の試験を開始します。試験時間は150分、終了時刻は16時30分です。——はじめ」
また一斉に問題用紙が開かれる音が鳴る。開戦の合図だ。
まずは全体像を把握する。それぞれの問題がどの単元から出題されているのかを知るためだ。第1問、微分の計算問題、見たところ簡単そうだけど、実際やってみたら計算が煩雑なタイプかな? 第2問、整数。私は整数が一番得意だけど、この単元は難易度の振れ幅が非常に大きく、解いてみないと解けるかはわからない。いわゆる博打だ。まあ、チャレンジあるのみ。第3問、領域。これもちょっと条件を整理して図を描いてみないと難易度がわからないな。第4問、図形と方程式……っぽいかな? 問題文が短めで条件が少ないから、案外難しいかも。
第5問、空間図形。来た、私の時代。これは絶対に完答しないと。もともと、空間図形の積分の難問が苦手だった。どの平面で切ればいいかさっぱりだし、問題用紙は平面だから立体をうまく想像することは難しい。でも、最近は空間図形の問題がまた出題され始めたから、対策しておいた方がいいと佐々木さんが言っていて、30ヵ年の過去問を使って類題だけピックアップして大量に解いたのだ。おかげで、この単元は得意とまで言えるほどに成長した。やっておいてよかった、ありがとう佐々木さん。
第6問、確率。うーん、捨て問の匂いがするな。もちろん、解いてはみるけど。
問題の構成を見たら、すぐに第1問から解き始める。これは最後まで行けそうだから、一気に解答を書き上げてしまおう。目標は20分。
まず、問題用紙に与式を微分してみる。積の微分、三角関数や対数関数の合成関数の微分、微分積分学の基本定理を使った計算。ああ、間違いない、これはただ計算が複雑なだけだ。ミスを誘おうとしているだけで、問題の本質は大して難しくない。乗せられてたまるか、丁寧に計算して絶対にミスなく正解を出してやる。
増減表を書き、ひとまず(1)はOK。最小値を持つことの証明だったが、ちゃんとミスなく該当範囲に最小値を持つことがわかった。ということは、きっと微分は間違えていないということ。(2)に進んでいく。
積分の計算を無事済ませ、全然綺麗にならなかった(2)の答えに少し不安になりながらも、次の問題に果敢に挑んでいく。誘導問題は簡単だった。つまり、これはみんなが取る問題。絶対に落としてはならないところ。でも、(2)は明らかに難しかった。ちょっと考えただけでは思いつかなそうだ。多分、捨て問。整数が一番解いていて楽しいんだけどな、残念。
そんな調子で、どんどん時計の針は回っていく。私の解答用紙も真っ黒に埋め尽くされていく。ちゃんとわかっているんですよ、私。ここまでは考えたんです、この後こうするんだろうってこともわかっているんです! ってアピールしながら。
第1問と第5問は完答、第2、3、4問は(1)をしっかり取りに行って、(2)はわかったところまで。第6問の確率は完全に捨てた。まず条件が複雑すぎる。時間の無駄だ。他の問題の精度を高めた方がよほどいい。
順当に行って70点くらいだろうか。秋の模試では40点くらいしか取れていなかったから、かなりの成長だ。でも、やっぱりこれでは理三は届かなかっただろうな、なんて思う。悔しさもありつつ、理二に変えてよかったと安心する。もちろん、まだ気は抜けないけど。
「試験終了。筆記用具を置いてください」
試験監督の声に、ため息をついてシャーペンを置く。翠ちゃんはどうだっただろうか。宣言通り、5完できただろうか。いや、5完なんてかなりの高望みで、それこそ数学一点突破型のタイプの目標点だろうけど……。翠ちゃんなら獲って来てもおかしくはないな。彼女の青の炎の温度は私にも計り知れない。
とりあえず、1日目に悔いはない。2日目も順調に行きますように、と心の底から願った。
解答用紙の確認が終わり、席を立ってよいと言われる。その瞬間、さっさとホテルに戻ろうと筆記用具を片付ける。他の人も大抵同じ考えなのか、ガタガタと急に教室が騒がしくなった。
「俺5完は行けたわー」
「え、まじ? 俺は4かなー」
「今年ちょっと簡単だったか?」
うわ、最悪。さっきしゃべっていた人たちが早速集まって話し始めている。しかも簡単とか、そんな。気にするな、踊らされるな、と心で何度も唱える。でも、一度聞いてしまった情報は頭で上書きができない。簡単だったのなら、もっと取らなきゃいけなかった? 合格最低点も上がる? それなら、今の点数計画を変えないといけない?
——落ち着け。こんな誰とも知らないようなやつが勝手に言っている情報に惑わされるなんてバカだ。全力は尽くしたんだし、終わった科目について後悔しても仕方ない。あとは明日また全力を出せばいいだけ。
リュックを背負って、そそくさと教室を去った。試験の半分が終わって、重荷が結構降りた気がする。ほんのりと茜色に染まりつつある青空は、まさに試験のひと区切りを表しているようで、自分の気持ちにぴったりだった。
以前、吹部の友達が言っていた、一番緊張するのは舞台袖で、いざ舞台に上がって楽器を構えたらもう集中するしかなくて緊張なんてしないというのと似ている。試験開始前はばくんばくんとうるさかった心臓が、今は落ち着いていて静かだ。
案の定、同じ高校の生徒が固まって大声で話している。答え合わせこそ聞こえてこないが、いつ始めてもおかしくない。さっさと食べ終えて、居心地の悪い教室を抜け出した。
早く食べようと無理やり詰め込んだからか、冷たいコンビニ弁当が胃に残っているような気がする。坂を登り、階段を上がり、安田講堂前に向かった。ベンチのあたりをうろうろしていると、見慣れた黒髪が姿を現す。
「ちょっと、着いたなら連絡しなさいよ」
「あ、そっか。ごめんごめん。お疲れ」
昼休みはお互いの緊張を和らげるために会うことを決めていた。同じように、同じ高校どうしで待ち合わせしていたであろう受験生たちがどんどん集まってくる。でも、教室内ほど声が響かないため、答え合わせの巻き込まれ事故は起こらなそうだ。
もちろん、終わった科目のことについて、どうだった? なんて聞くことはない。何も言葉を交わさず、ただ隣にいる。それだけで落ち着くから。
知らない土地、憧れの大学の憧れのキャンパス。目が回りそうなほど広い敷地の中に、知り合いもおらず、ただひとりぽつねんと放り出されたら、それはそれは孤独で不安になってしまうだろう。持っている実力を発揮するためには、落ち着くための要素はなんでも使ったほうがいい。
友達に対して「要素」なんて言葉を使うのは薄情にも思えるが、私たちは心の友なんていう温かい間柄ではない。ライバルだ。冷たい関係では決してないものの、お互いがお互いを合格のために使うなんて当たり前。だって、私たちは命を燃やして闘っているのだから。
なんてことを思ってしまうのは、翠ちゃんのクールなスタンスに影響されているんだろうか。じゃあ、温かい間柄に近いじゃないか。考えている間に自己矛盾が生じてきて、思考を振り払う。そんなこと、考えていても仕方ないや。人間関係なんて、言葉で説明できるもんじゃないし。
立っているのに疲れてきて、歩こうと提案する。翠ちゃんは軽くうなずいて歩き出した。佐々木さん曰く、試験時間中はずっと座っていて血流が悪くなっているから、休憩時間に立ったり歩いたりすることで、頭に血をめぐらせた方がいいんだと。食後は眠くなりやすいから、運動して目を覚ますという目的もある。午後の数学の途中で眠くなって頭が働かないなんて、理系受験生にとっては本当に致命的だ。
左腕をチラリと見ると、13時が近づいてきている。数学の開始時刻は14時。つまりその30分前、13時30分には問題集をしまえという指示が出るはずだ。そろそろ戻って勉強した方がいいか。
「じゃあ、そろそろ行くわ。あたし、数学5完してくるから」
こちらから言い出そうとしていたのに、先を越されてしまった。偉そうに自信満々に言う彼女に、思わず笑みがこぼれる。いつも通りだ。安心する。
「うん。私も3完2半狙う」
「もっと上狙いなさいよ」
「ええー? じゃあ私も5完」
「いいね」
じゃあね、と言って手を振って別れる。翠ちゃんは私の教室より若干遠いから、スタスタと急いで去って行った。私も教室に戻る。先ほどのおしゃべり受験生たちはまだしゃべり足りないのか、手を叩きながら大きな笑い声を上げている。試験当日に、呑気なものだ。
肩慣らしに一問だけ解く。手は疲れるから動かさないし、頭も全力で回すわけじゃないけど。別に調子が悪いとかはないかな。大丈夫そう。
公式集を見返す。もう何千回何万回と繰り返し使ってきた公式たちが並んでいるのを見ると、感慨深い。この公式集は学校で配られた参考書の付録として付いてきたものだけど、模試のたびに確認用に使っていたら、端がボロボロになってしまった。私、結構物持ちいい方なんだけど。まあ、それだけ頑張ってきたということだろう。
あっという間に13時半が近づいてきて、試験監督たちが部屋に入ってくる。教室ごとに教授が配置されているのか、さっきと同じ人たちだった。
指示に従ってトイレを済ませ、また必要なものだけを机の上に出して何度も確認する。隣の席は静かな女の子で、変な人じゃなくてよかったな、と思う。受験の経験談を調べていると、隣の人がお腹を壊していて何度もトイレに立って少し気が散ったとか、貧乏ゆすりが激しかったとか、体臭がひどくて集中できなかったとか、独り言をぶつぶつ唱えながら問題を解いていてうるさかったとか、とにかく色々な隣人が出てくる。そういうお隣を引かなくてよかったと心から思った。
同時に、私も変な隣人扱いされていないといいな、とも思う。臭いとか汚いとかうるさいとか、思われていたら恥ずかしいなんてもんじゃないし、申し訳ない。
さっきとまったく同じ注意事項の説明があり、問題用紙と解答用紙が配られる。事前情報と特に変わったことはなく、解答用紙は2枚。前半3問と後半3問に分かれている。気をつけなければいけないのは、問題番号と解答する問題がズレないようにすることだけだ。
——よし、大丈夫。数学はさほど苦手なわけではない。数学が重要なピースだと佐々木さんに教えてもらってから、特に数学に力を入れて対策していた。数英の2科目が伸びるのに時間がかかるらしい。スタートは遅かったけど、それを取り戻すくらいの勢いで勉強した。だから、大丈夫。
「では、数学の試験を開始します。試験時間は150分、終了時刻は16時30分です。——はじめ」
また一斉に問題用紙が開かれる音が鳴る。開戦の合図だ。
まずは全体像を把握する。それぞれの問題がどの単元から出題されているのかを知るためだ。第1問、微分の計算問題、見たところ簡単そうだけど、実際やってみたら計算が煩雑なタイプかな? 第2問、整数。私は整数が一番得意だけど、この単元は難易度の振れ幅が非常に大きく、解いてみないと解けるかはわからない。いわゆる博打だ。まあ、チャレンジあるのみ。第3問、領域。これもちょっと条件を整理して図を描いてみないと難易度がわからないな。第4問、図形と方程式……っぽいかな? 問題文が短めで条件が少ないから、案外難しいかも。
第5問、空間図形。来た、私の時代。これは絶対に完答しないと。もともと、空間図形の積分の難問が苦手だった。どの平面で切ればいいかさっぱりだし、問題用紙は平面だから立体をうまく想像することは難しい。でも、最近は空間図形の問題がまた出題され始めたから、対策しておいた方がいいと佐々木さんが言っていて、30ヵ年の過去問を使って類題だけピックアップして大量に解いたのだ。おかげで、この単元は得意とまで言えるほどに成長した。やっておいてよかった、ありがとう佐々木さん。
第6問、確率。うーん、捨て問の匂いがするな。もちろん、解いてはみるけど。
問題の構成を見たら、すぐに第1問から解き始める。これは最後まで行けそうだから、一気に解答を書き上げてしまおう。目標は20分。
まず、問題用紙に与式を微分してみる。積の微分、三角関数や対数関数の合成関数の微分、微分積分学の基本定理を使った計算。ああ、間違いない、これはただ計算が複雑なだけだ。ミスを誘おうとしているだけで、問題の本質は大して難しくない。乗せられてたまるか、丁寧に計算して絶対にミスなく正解を出してやる。
増減表を書き、ひとまず(1)はOK。最小値を持つことの証明だったが、ちゃんとミスなく該当範囲に最小値を持つことがわかった。ということは、きっと微分は間違えていないということ。(2)に進んでいく。
積分の計算を無事済ませ、全然綺麗にならなかった(2)の答えに少し不安になりながらも、次の問題に果敢に挑んでいく。誘導問題は簡単だった。つまり、これはみんなが取る問題。絶対に落としてはならないところ。でも、(2)は明らかに難しかった。ちょっと考えただけでは思いつかなそうだ。多分、捨て問。整数が一番解いていて楽しいんだけどな、残念。
そんな調子で、どんどん時計の針は回っていく。私の解答用紙も真っ黒に埋め尽くされていく。ちゃんとわかっているんですよ、私。ここまでは考えたんです、この後こうするんだろうってこともわかっているんです! ってアピールしながら。
第1問と第5問は完答、第2、3、4問は(1)をしっかり取りに行って、(2)はわかったところまで。第6問の確率は完全に捨てた。まず条件が複雑すぎる。時間の無駄だ。他の問題の精度を高めた方がよほどいい。
順当に行って70点くらいだろうか。秋の模試では40点くらいしか取れていなかったから、かなりの成長だ。でも、やっぱりこれでは理三は届かなかっただろうな、なんて思う。悔しさもありつつ、理二に変えてよかったと安心する。もちろん、まだ気は抜けないけど。
「試験終了。筆記用具を置いてください」
試験監督の声に、ため息をついてシャーペンを置く。翠ちゃんはどうだっただろうか。宣言通り、5完できただろうか。いや、5完なんてかなりの高望みで、それこそ数学一点突破型のタイプの目標点だろうけど……。翠ちゃんなら獲って来てもおかしくはないな。彼女の青の炎の温度は私にも計り知れない。
とりあえず、1日目に悔いはない。2日目も順調に行きますように、と心の底から願った。
解答用紙の確認が終わり、席を立ってよいと言われる。その瞬間、さっさとホテルに戻ろうと筆記用具を片付ける。他の人も大抵同じ考えなのか、ガタガタと急に教室が騒がしくなった。
「俺5完は行けたわー」
「え、まじ? 俺は4かなー」
「今年ちょっと簡単だったか?」
うわ、最悪。さっきしゃべっていた人たちが早速集まって話し始めている。しかも簡単とか、そんな。気にするな、踊らされるな、と心で何度も唱える。でも、一度聞いてしまった情報は頭で上書きができない。簡単だったのなら、もっと取らなきゃいけなかった? 合格最低点も上がる? それなら、今の点数計画を変えないといけない?
——落ち着け。こんな誰とも知らないようなやつが勝手に言っている情報に惑わされるなんてバカだ。全力は尽くしたんだし、終わった科目について後悔しても仕方ない。あとは明日また全力を出せばいいだけ。
リュックを背負って、そそくさと教室を去った。試験の半分が終わって、重荷が結構降りた気がする。ほんのりと茜色に染まりつつある青空は、まさに試験のひと区切りを表しているようで、自分の気持ちにぴったりだった。



