「英語を解く順番の相談に乗ってほしい?」
「うん。翠ちゃんは自分なりの解く順番、決めてるんでしょ? 私は前から順番に解いてるんだけど、いつもギリギリ終わらないんだよね。前半と後半の問題をどれか入れ替えれば、もしかしたら解決できるかなって思って」
「あー、確かにそれはあるだろうね。っていうか、あたしが順番変えてるの、なんでわかったの?」
「でしょ? 試験始まると数ページ連続でめくってる音が聞こえるから。特定の問題を目指してめくってるのかなって」
「いや、集中しなさいよ」
これまでは翠ちゃんに言われたことをやって、佐々木さんにアドバイスされて受験についての情報を知って。そうやって二人に引っ張られてやってきたけど、私もそろそろ一端の東大受験生を名乗れるくらいにはなってきているんじゃないかと思う。
自分に何が足りないのか、何の情報をもらえばもっと上に行けるか。それが段々と見えるようになってきた。
秋の冠模試がひとつ終わって、あと本番に似た環境で試す機会は2回しか残っていない。この時点で英語が時間内に解き終わったことがないのは、焦るべきこと、すなわち優先的に解決すべき課題なんじゃないか。
そう思った私は、休憩中の翠ちゃんに声をかけた。
「翠ちゃんはどういう順番でやってるの?」
「えーっと……4A、4B、2A、2B、3、1B、1A、5だね」
「そんなぐっちゃぐちゃなの!?」
「重い問題を全部後ろにまとめてる。前半は徐々に頭を回すために、軽めの文法とか得意な和訳とかを優先してやるの。で、たまにリスニング前に和文英訳? つまり2Bだね、それが終わらない時があるから、その時はもう焦りに焦りながら後半詰め込んでいく感じ」
きっと昔から色々試して決めた戦略なんだろう。自分の得意不得意を考えつつ、効率的に点数を集めるための知恵。
「私、馬鹿正直に前からやってたの、なんかもったいないな。せっかく色々試すチャンスだったのに」
「そもそもあの試験形態に慣れるのに時間かかるから、最初何回かはやっぱしょうがないと思う。次の冠模試、来週末だけど、そんときまでに過去問で何種類か試してみるのがいいかもね」
それから、私は土日の冠模試までにほとんど毎放課後、45分かける2回を計って英語の昔の過去問を解いた。リスニングは一旦外して、前後半でどういう割り振りにするかを決めるためだけの、演習。もちろん、復習はするし、新しく出てきた単語は覚えるけど。
最初に文法を持ってくるのはいい案だ。東大英語の中で一番頭を使わないのが多分4A、文法や語法の間違いが含まれる下線部を選ぶ問題。知らなければ運に任せるしかない。でも、ある程度英文は読まなくてはならないから、トレーニングにはなる。頭の体操にちょうどいい。
5の小説は最後にたっぷり時間をかけたい。だから、それまでにどれだけ素早く他を片付けられるかが勝負の肝だ。要約と英作文を前に持ってくる? いや、いっそのこと、5の次に重い段落整除を早めに終わらせた方がいいか……?
とにかくさまざまなパターンを試した。この1週間、英語ばかりやっていて、頭がおかしくなりそうだった。
冠模試当日。1日目の国語と数学は意外といい調子だった。これまでと比べて、だけど。
2日目。理科も比較的順調に行けている。これは意外といい成績が出せるんじゃないか? ここで英語も解き終わったらだいぶ……。
佐々木さんの試験開始の合図に、勢いよくページをめくる。最初は4Aだ。5分程度でサラッと解き流す。やっぱり肩慣らしにちょうどいい。
次、1Bの段落整除。これは結構重めだが、後半に一番重いものを置いているため、こっちは前半で片付けておきたい。言うなれば、ラスボスの隣に控えている結構厄介な眷属のような。
そうやって、新しい順番で頭をフル回転させていく。16時が迫ってきて、でもこれまでより早い段階で小説に入り、読み進められていることに心の中で小さくガッツポーズする。気を抜いちゃダメだけど。
「試験終了。筆記用具を置いてください」
もう何回聞いただろうか。佐々木さんの終わりの合図に、ギリギリまで走らせていたペンを放り投げるようにして置く。手はブルブルと震えている。書き終わるか? この順番は正しかったのか? その問いかけが、終わってもなお頭に繰り返し響く。
——最後まで、解けた。
初めてだ。東大英語で、最後の問題までちゃんと解答を書けた。解き終わったんだ。あの順番は間違っていなかったし、手応えもあった。
手の震えが、緊張のそれから、喜びのそれへと変わっていく。
「解き終わったあ!」
グッと拳を突き上げて、教室で思わず叫んでしまった。もちろん、階下の自習室に配慮して、声は抑え気味だけど。
佐々木さんは少し驚いて、怪しい笑顔を見せた。
「本当かい? ここ数日、頑張っていたもんね」
喜びが全身を駆け巡って、青い炎が激しくゆらめく。
——ああ、やっぱり勉強って楽しい! 挑戦してよかった!
「翠ちゃん、この間は相談に乗ってくれてありがとう。おかげで解き終わったよ、初めてだ!」
「……よかったじゃん」
嬉しさのあまり、隣の席に声をかける。返ってきた声は、どこか冷たくて、でも綺麗な顔は少し微笑んでいたから、感謝は伝わったのだろうと思う。きっと、テストが終わって疲れていたんだ。
いや、もしかしたら今回の冠模試はうまくいかなかったのかもしれない。今の発言はちょっとKYだったかも。
謝ろうとも思ったが、それはそれで失礼というか嫌味になってしまいそうだったから、やめた。そのあとは普通にしゃべってくれたし。
いつものように、佐々木さんの解説を真剣に聴いて、解き直しノートを作ってから、家に帰る。秋らしい冷たい風が頬を通り抜けた。少し雨の匂いがする。
「うん。翠ちゃんは自分なりの解く順番、決めてるんでしょ? 私は前から順番に解いてるんだけど、いつもギリギリ終わらないんだよね。前半と後半の問題をどれか入れ替えれば、もしかしたら解決できるかなって思って」
「あー、確かにそれはあるだろうね。っていうか、あたしが順番変えてるの、なんでわかったの?」
「でしょ? 試験始まると数ページ連続でめくってる音が聞こえるから。特定の問題を目指してめくってるのかなって」
「いや、集中しなさいよ」
これまでは翠ちゃんに言われたことをやって、佐々木さんにアドバイスされて受験についての情報を知って。そうやって二人に引っ張られてやってきたけど、私もそろそろ一端の東大受験生を名乗れるくらいにはなってきているんじゃないかと思う。
自分に何が足りないのか、何の情報をもらえばもっと上に行けるか。それが段々と見えるようになってきた。
秋の冠模試がひとつ終わって、あと本番に似た環境で試す機会は2回しか残っていない。この時点で英語が時間内に解き終わったことがないのは、焦るべきこと、すなわち優先的に解決すべき課題なんじゃないか。
そう思った私は、休憩中の翠ちゃんに声をかけた。
「翠ちゃんはどういう順番でやってるの?」
「えーっと……4A、4B、2A、2B、3、1B、1A、5だね」
「そんなぐっちゃぐちゃなの!?」
「重い問題を全部後ろにまとめてる。前半は徐々に頭を回すために、軽めの文法とか得意な和訳とかを優先してやるの。で、たまにリスニング前に和文英訳? つまり2Bだね、それが終わらない時があるから、その時はもう焦りに焦りながら後半詰め込んでいく感じ」
きっと昔から色々試して決めた戦略なんだろう。自分の得意不得意を考えつつ、効率的に点数を集めるための知恵。
「私、馬鹿正直に前からやってたの、なんかもったいないな。せっかく色々試すチャンスだったのに」
「そもそもあの試験形態に慣れるのに時間かかるから、最初何回かはやっぱしょうがないと思う。次の冠模試、来週末だけど、そんときまでに過去問で何種類か試してみるのがいいかもね」
それから、私は土日の冠模試までにほとんど毎放課後、45分かける2回を計って英語の昔の過去問を解いた。リスニングは一旦外して、前後半でどういう割り振りにするかを決めるためだけの、演習。もちろん、復習はするし、新しく出てきた単語は覚えるけど。
最初に文法を持ってくるのはいい案だ。東大英語の中で一番頭を使わないのが多分4A、文法や語法の間違いが含まれる下線部を選ぶ問題。知らなければ運に任せるしかない。でも、ある程度英文は読まなくてはならないから、トレーニングにはなる。頭の体操にちょうどいい。
5の小説は最後にたっぷり時間をかけたい。だから、それまでにどれだけ素早く他を片付けられるかが勝負の肝だ。要約と英作文を前に持ってくる? いや、いっそのこと、5の次に重い段落整除を早めに終わらせた方がいいか……?
とにかくさまざまなパターンを試した。この1週間、英語ばかりやっていて、頭がおかしくなりそうだった。
冠模試当日。1日目の国語と数学は意外といい調子だった。これまでと比べて、だけど。
2日目。理科も比較的順調に行けている。これは意外といい成績が出せるんじゃないか? ここで英語も解き終わったらだいぶ……。
佐々木さんの試験開始の合図に、勢いよくページをめくる。最初は4Aだ。5分程度でサラッと解き流す。やっぱり肩慣らしにちょうどいい。
次、1Bの段落整除。これは結構重めだが、後半に一番重いものを置いているため、こっちは前半で片付けておきたい。言うなれば、ラスボスの隣に控えている結構厄介な眷属のような。
そうやって、新しい順番で頭をフル回転させていく。16時が迫ってきて、でもこれまでより早い段階で小説に入り、読み進められていることに心の中で小さくガッツポーズする。気を抜いちゃダメだけど。
「試験終了。筆記用具を置いてください」
もう何回聞いただろうか。佐々木さんの終わりの合図に、ギリギリまで走らせていたペンを放り投げるようにして置く。手はブルブルと震えている。書き終わるか? この順番は正しかったのか? その問いかけが、終わってもなお頭に繰り返し響く。
——最後まで、解けた。
初めてだ。東大英語で、最後の問題までちゃんと解答を書けた。解き終わったんだ。あの順番は間違っていなかったし、手応えもあった。
手の震えが、緊張のそれから、喜びのそれへと変わっていく。
「解き終わったあ!」
グッと拳を突き上げて、教室で思わず叫んでしまった。もちろん、階下の自習室に配慮して、声は抑え気味だけど。
佐々木さんは少し驚いて、怪しい笑顔を見せた。
「本当かい? ここ数日、頑張っていたもんね」
喜びが全身を駆け巡って、青い炎が激しくゆらめく。
——ああ、やっぱり勉強って楽しい! 挑戦してよかった!
「翠ちゃん、この間は相談に乗ってくれてありがとう。おかげで解き終わったよ、初めてだ!」
「……よかったじゃん」
嬉しさのあまり、隣の席に声をかける。返ってきた声は、どこか冷たくて、でも綺麗な顔は少し微笑んでいたから、感謝は伝わったのだろうと思う。きっと、テストが終わって疲れていたんだ。
いや、もしかしたら今回の冠模試はうまくいかなかったのかもしれない。今の発言はちょっとKYだったかも。
謝ろうとも思ったが、それはそれで失礼というか嫌味になってしまいそうだったから、やめた。そのあとは普通にしゃべってくれたし。
いつものように、佐々木さんの解説を真剣に聴いて、解き直しノートを作ってから、家に帰る。秋らしい冷たい風が頬を通り抜けた。少し雨の匂いがする。



