精神科の入院は、ひたすら療養である。その中で、作業療法なども行われた。私は、ひたすら映画を見ることを入院中した。普段家にいたらそんなに映画など見られなかっただろう。なぜなら自分から休息を取れない状態に、私のメンタルがなっていたからである。あのまま入院しなければ、私は壊れてしまい、自傷行為などをしていただろう。それを防ぐのが、ある意味、精神科の入院の目的なのだ。不思議と、精神科に入院している最中、煩わしいことから離れて気が休まった。家にいたら気になっていただろう。

 こうして私は約一ヶ月後退院した。それから一ヶ月後、私は通院日になっていた。しかし私の担当医は、どういうわけか変わっていた。私は事務の方に問い詰めた。
「加古川先生は、異動になったのですか?」
私は事務員に問い詰めた。
「辞められましたよ」
事務員は愛想悪く言った。
「どうしてですか?」
私は問い直した。
「個人情報なので、これ以上は言えません」
事務員は答えた。私は引き下がった。悲しかった。私は、可子先生に元気になった姿を見てもらって、喜んでもらおうと思い描いていたからだ。

 時は流れ、半年後、私はモザイクモール港北へ買い物に来ていた。モール内を歩いていると、どこかで見たことのある女性が私の目に入ってきた。
「先生、可子先生!」
私は人をかき分けて可子先生のところまで来た。
「木戸さん?」
可子は驚いたように言った。
「先生?」
私も驚いて言った。
「もう先生じゃないの、私」
可子は言った。
「え? じゃあ辞めたっていうのは、先生を辞めたってことですか?」
私はさらに驚いて言った。
「そうよ。ごめんなさいね。急で。患者さんを裏切ってしまった気分なの」
可子は自責の念に駆られながら答えた。
「そうだったのですか……」
私は急に元気が無くなった。
「あ、そうだ。木戸さん今時間ありますか?」
可子は私に聞いた。
「あ、はい。あるって言えばあります」
私は答えた。
「じゃあ、お話しましょう。ここじゃなくて、屋上の観覧車で」
可子は私に言った。
「あ、あれ、乗ったことが無くて。一人だと乗れなくて」
私は答えになっていない返答をした。
「だから二人で乗りましょう」
可子は言った。
「はい」
私は、赤面しながら答えた。

 観覧車の中で私は、何度も可子に見入ってしまった。やはり美人だ。
「木戸さん、あれからどうしていました?」
可子は聞いた。
「私は障がい者雇用枠で、また就職できました」
私は答えた。
「良かった! 木戸さんがどうしているか心配だったの!」
私は驚いた。
「びっくりです。私は何十人もいる先生の患者さんの一人だと思っていたので」
私は答えた。
「いえ、一人一人はっきりと覚えているのが医師ですよ」
可子は言った。
「そうなのですか?」
私は驚いた。
「そうよ」
可子は答えた。
「それで先生は、あれからどうされていたのですか? どうして先生を辞めちゃったのですか?」
私は聞いた。
「自信なくなったの。精神科の医師としてやっていく。こんなことあなたに言うことじゃないかもしれない。けど私も、もう医師じゃないから言うね。実は以前、私の患者さんの一人がね、亡くなったの。自死でね。そのことを院長先生に相談したところ、精神科の医師なら経験することだからって、あまり気にしないように言われたの。でも私は、その患者さんが仕事を失って困って欲しくなかったから、休職にも、退職にも反対したの。そしたら……。その患者さんは調子を崩されて……」
可子はここで話を止めた。
「それで僕にも同じようなことが起こらないように、先生はあのとき……」
可子は泣いていた。ちょうど観覧車はてっぺんまで来た。
「可子先生、大好きです!」
可子は黙って、満にキスをするのだった。