それからというもの、まだ私の容態は安定していなかった。多少テンションが下がったと思ったら、いきなり急降下して何もやる気が起こらなくなってしまった感じだ。そこで可子に、症状を伝えると「それじゃあ少し薬を弱めてみましょう」と可子は言った。

 すると今度は、またテンションが上がりだしてしまい、ジェットコースターを登っているところだった。可子の病院に電話すると、可子から早めに来られる日に通院してくださいと言われた。

 その通院日に、私は思いも寄らないことを可子から言われた。
「木戸さん、あなたには訪問看護を付けたいと思います」
可子は毅然として言った。
「え、でも先生、私まだそんな年齢じゃないですよ」
私は反論した。
「精神科の訪問看護は、年齢に関係なく利用できます。あなたの話をよく聞いてくれると思いますよ。それといろいろな提案をしてくれて、解決策を一緒に悩んで考えてくれるのが訪問看護師です。あなたの病状は、よく看護師には伝えておきます」
可子はそう言って、診察は終わった。次の週、精神科訪問看護の責任者、佐々木満博が私の家に来た。
「初めまして、加古川先生からの要請で、本日から訪問看護で来ました、訪問看護ステーションゾロメ横浜旭の佐々木滿博と申します。よろしくお願いします」
「初めまして、木戸満です。こちらこそよろしくお願いします」
佐々木は髪の長い眼鏡をかけた、細身で清潔感のある男性看護師だった。
「木戸さん、お薬の飲み忘れはないですか? お薬の量が多いと加古川先生から伺っています。そしたらお薬カレンダーを使うのも効果的ですよ。私たちが来たときにセットするので、それでやっていきましょうか?」
佐々木は早口で言った。
「精神科の訪問看護のサービスは、他には一体何をしてくれるのですか?」
私は聞いた。素朴な疑問だった。
「そうですね。他には、患者様の話を傾聴したり、血圧を測ったり、熱を測ったりなど、多岐にわたっています。患者様が必要としていることを、手助けするのが、私たちの役割です。その際、最終的に、患者様が自ら考え行動できるようにアシストするのが私たちの最終目標です。つまり、サッカーで言えば、ゴール前で、木戸さんにボールをパスするので、シュートは木戸さんが決める。最後はご自身の中にある力で、勝っていく。それを最後までアシストするのが私たち、精神科の訪問看護の役割です」
佐々木は、例えを交えて言った。その後佐々木は、何でも私の話に黙って頷いて聞いてくれた。また私の状態が悪くなりそうな手前で、早めに手を打ってくれて、私はいつもの最悪の事態を回避していた。知らず知らずのうちに、精神科の訪問看護の良い影響を、私は受けていたのだった。そのことを通院時に、可子に話すと、初めて可子は喜んでくれた。私は可子が笑うのを初めて見たので、びっくりしたと同時に、愛おしくもなった。
「そうですか、それが狙いでしたからね!」
可子は微笑んだ。普段のツンとしている怒った感じの可子先生も綺麗だと思っていたが、可子の笑顔はその何百倍にも美しかった。