駅から離れた小道。準備中の看板を向けられた学生向けの定食屋に、おしゃれな外装をしたカフェ。
 その先に見えるのは、照明により照らされた大学名と四階立てのキャンパス。
 心まで暗く染まり、もう前が見えない。

「どうして、女風なんか頼んだ?」
 彼が何の脈来もなく聞いてくる。
 女風、つまり女性用風俗のことだ。
 ただ一つ言いたいのは、最後までは絶対しない。多くの店での決まりであり、だから勇気を出せた。
 流星は二つ年上の二十七歳。ドS王子と呼ばれるほど口調は荒く、お店のナンバー2らしい。
「一夜の恋人」は店名通り、一夜を共に過ごすコンセプトらしい。

「メールで言ってた通り、彼氏の浮気だって」
 目を逸らす私を逃さないと言いたげな瞳で、見つめてくる。
「彼氏が居るのに、男慣れしてないな? 本当の理由があるんだろ?」
「か、関係ないじゃない!」
 手を引き抜こうとしても敵わず空いた方の手を振り上げると、彼はその手もパシッと掴んできた。

「俺はセラピストだから関係あんだよ。莉奈みたいなタイプは女風とか利用しない。よほどの理由だろ?」
 視線を向けられ、私はまた目を逸らしてしまう。この人の目が、怖い。

「彼氏は本当に居たの! ……大学の時だけど」
 その先に、聳え立つ小山。
 闇に沈んだその姿は、彼との思い出みたいに真っ暗だった。
 なのに彼は、その山道に入っていこうとする。私の拒否も聞かず。

「綺麗だな」
 彼が見上げる空には、煌めく無数の星と、大きな満月。
 ネオンの街に気づかなかった光。

 月明かりに照らされた山中は想像より明るく、スマホのライト一つで充分に歩けるほど。
 視界の良い昼なら三十分ほどで登り降りでき、木々が植えられ、草花が多数咲き、小川が流れている。そのおかげか山中は涼しく、吸う空気は爽やか。
 まさに、都会のオアシスみたいな場所だ。
 懐かしい景色に嬉しいような、苦しいような、また分からない感情が私を支配していく。ただこの場所に立って居られるのは、昼と夜とでは雰囲気違うからだろう。
 月明かりに照らされる、紫陽花の花。今年も綺麗に咲いたようだ。

 だけど私には、目の前に存在する紫陽花の花が色褪せて見えてくる。
 こんなに美しく、気高く咲いているのにね。