本日の業務を終えてビルから出ると、道の端に一人の男性が立っていた。
ネクタイにブラウス姿。他の通行人より頭ひとつ抜けている。日焼けした小麦色の肌が目を引く。
「ごめんね、待たせた?」
「あ。……別に」
この人は相変わらず、私には一切に目を合わしてくれない。だけどそれが性格だと知ってしまえば、気にすることなんて一つもない。
こちらを見ない彼の横を歩きチラッと見上げると、癖っ毛の短髪に。沈みゆく夕日のように穏やかで綺麗な瞳。
彼は私の元上司で、指導係だった小川先輩。
その頃は、私にだけ目を逸らしてくることに悩み、より疎遠にしてしまった相手だった。
だけど私が職場で交流を持つようになり、昼食時に写真が好きなんだと同僚に話していたら、「俺も好きだし」と、突然話しかけてきた。
次の日、互いに一眼レフのカメラを持ちより写真を見せ合った。
こうして話していくうちに打ち解けていき、苦手だった先輩は頼りになる先輩に変わった。仕事のことを一番に相談し、休憩時間には撮影ポイントや写真を見せ合う。休み明けに成果を見せ合うのが楽しかった。
そんな時、突然別れが訪れた。
小川先輩は、地方の数店舗を任せられることになった。同僚が言うには、栄転らしい。
先輩の勤務最終日である、金曜日に行われた送別会。グラスを合わせ、本心から「先輩が居なくなるのは悲しいです」と告げた。
そこで彼は初めて、私に目を合わせてきたかと思えば「ずっと好きだった」と一言。
体を硬直させてしまった私を置いて立ち去ってしまった彼に、頭はもう大混乱。
飲んでいないはずなのに、頭の中はグルグル。心臓バクバク。顔は熱い。
どうやってアパートに帰ったのかも分からず、目は冴え、別の意味で眠れない夜を過ごした。
次の日の土曜日。彼から電話がかかってきて、最寄駅に呼び出された。
目の前にはキャリケースを持った先輩の姿。本当に地方に行ってしまうのだと、胸が締め付けられた。
『昨日は悪かった。酔ってたなんて、言い訳にもならない。セクハラで訴えて良いから……』
深々と頭を下げてくるその姿に、気にしていないからと頭を上げてもらった。
『……悪かった。元気でな』
時が止まったかのように私をしばらくの間見つめたかと思えば、背を向けて去って行く後ろ姿。
ここで呼び止めなければ、彼は二度とこちらに視線を送ってくれない。足が勝手に動いていて、彼の背に問う。「あの言葉は、本気ですか?」と。
『そのような軽率な嘘、嫌いだから』
私の目を見つめての一言。それが返事だった。
月一回ある支店長会議でこちらに来た時に、食事でも一緒に行ってくれませんか?
それが、私にとっての精一杯。
こうして月一回の金曜日。気軽なチェーン店で食事し、写真についてばかり話していた。
彼のことで知っているのは、写真が好きなことだけ。だけど彼は、私のこと知っている。
仕事や、会社で困っていたことをさりげなく助けてくれていたのは、私を見ていてくれたからだった。
たまたまだと言うけど、「ずっと好きだった」の言葉に偽りはないと感じた。
そんな関係が続いて一年。私は月一回しか会えないのが淋しくて、月二回会いたいと思い切って頼んだ。
それが告白の返事なのに鈍い彼は仕事以外にもこっちに来てくれ、食事以外も行きたいと話すと調べて連れて行ってくれた。
だめだ、言葉で言わないとこの人は分かってくれない。
そう思い全てを告白した。
過去のトラウマ。女性用風俗を利用して、健斗と出会った。この先あなたの望む関係は築けないかもしれない。振られる覚悟で。
彼は、全てを受け入れて側に居てくれた。
自分のアパートに招かず、私を送ってくれても中にすら入っていかない。
終電を常に気を使い、一回逃してしまった時はカプセルホテルに泊まるから大丈夫だと言っていた。
そんな人だからこそ、私は。
ネクタイにブラウス姿。他の通行人より頭ひとつ抜けている。日焼けした小麦色の肌が目を引く。
「ごめんね、待たせた?」
「あ。……別に」
この人は相変わらず、私には一切に目を合わしてくれない。だけどそれが性格だと知ってしまえば、気にすることなんて一つもない。
こちらを見ない彼の横を歩きチラッと見上げると、癖っ毛の短髪に。沈みゆく夕日のように穏やかで綺麗な瞳。
彼は私の元上司で、指導係だった小川先輩。
その頃は、私にだけ目を逸らしてくることに悩み、より疎遠にしてしまった相手だった。
だけど私が職場で交流を持つようになり、昼食時に写真が好きなんだと同僚に話していたら、「俺も好きだし」と、突然話しかけてきた。
次の日、互いに一眼レフのカメラを持ちより写真を見せ合った。
こうして話していくうちに打ち解けていき、苦手だった先輩は頼りになる先輩に変わった。仕事のことを一番に相談し、休憩時間には撮影ポイントや写真を見せ合う。休み明けに成果を見せ合うのが楽しかった。
そんな時、突然別れが訪れた。
小川先輩は、地方の数店舗を任せられることになった。同僚が言うには、栄転らしい。
先輩の勤務最終日である、金曜日に行われた送別会。グラスを合わせ、本心から「先輩が居なくなるのは悲しいです」と告げた。
そこで彼は初めて、私に目を合わせてきたかと思えば「ずっと好きだった」と一言。
体を硬直させてしまった私を置いて立ち去ってしまった彼に、頭はもう大混乱。
飲んでいないはずなのに、頭の中はグルグル。心臓バクバク。顔は熱い。
どうやってアパートに帰ったのかも分からず、目は冴え、別の意味で眠れない夜を過ごした。
次の日の土曜日。彼から電話がかかってきて、最寄駅に呼び出された。
目の前にはキャリケースを持った先輩の姿。本当に地方に行ってしまうのだと、胸が締め付けられた。
『昨日は悪かった。酔ってたなんて、言い訳にもならない。セクハラで訴えて良いから……』
深々と頭を下げてくるその姿に、気にしていないからと頭を上げてもらった。
『……悪かった。元気でな』
時が止まったかのように私をしばらくの間見つめたかと思えば、背を向けて去って行く後ろ姿。
ここで呼び止めなければ、彼は二度とこちらに視線を送ってくれない。足が勝手に動いていて、彼の背に問う。「あの言葉は、本気ですか?」と。
『そのような軽率な嘘、嫌いだから』
私の目を見つめての一言。それが返事だった。
月一回ある支店長会議でこちらに来た時に、食事でも一緒に行ってくれませんか?
それが、私にとっての精一杯。
こうして月一回の金曜日。気軽なチェーン店で食事し、写真についてばかり話していた。
彼のことで知っているのは、写真が好きなことだけ。だけど彼は、私のこと知っている。
仕事や、会社で困っていたことをさりげなく助けてくれていたのは、私を見ていてくれたからだった。
たまたまだと言うけど、「ずっと好きだった」の言葉に偽りはないと感じた。
そんな関係が続いて一年。私は月一回しか会えないのが淋しくて、月二回会いたいと思い切って頼んだ。
それが告白の返事なのに鈍い彼は仕事以外にもこっちに来てくれ、食事以外も行きたいと話すと調べて連れて行ってくれた。
だめだ、言葉で言わないとこの人は分かってくれない。
そう思い全てを告白した。
過去のトラウマ。女性用風俗を利用して、健斗と出会った。この先あなたの望む関係は築けないかもしれない。振られる覚悟で。
彼は、全てを受け入れて側に居てくれた。
自分のアパートに招かず、私を送ってくれても中にすら入っていかない。
終電を常に気を使い、一回逃してしまった時はカプセルホテルに泊まるから大丈夫だと言っていた。
そんな人だからこそ、私は。



