どうしよう。
 無機質な高層ビルが乱立し、色とりどりのネオンが私を照らす。 
 まるで「逃げ場なんて無いよ」とでも言いたげに。
 梅雨明けを錯覚させるほどに澄み切った、紺青色の空下。
 私は風を切って走る。電車という、一筋の光を求めて。

 人を叩いてしまった。怖かったなんて、理由にならない。
 切れそうな喉から熱い息を何度も吐き、熱を帯び痛む指先を握り締める。汗なのか涙なのか分からないものが、頬を伝わせながら。

 大学時代、数え切れないぐらいに足を運んだこの街は、今では嫌悪感しか湧かない。しかしそんな感情に浸る余裕もなく、ただ夜の街を駆ける。
 波のように押し寄せてくる恐怖心と、人を叩いてしまった罪悪感。
 現実から逃れたい。過去をなかったことにしたい。認めたくなかった事実を、振り払うように、ひたすら。

「……え?」
 吐き出す息の合間に漏れた声は、無数に聳え立つ建物により狭くなった空へと消えていく。
 照明が減らされた、薄暗い駅舎。人で溢れているはずの出入り口に人影は乏しい。
 暗がりにぼんやりと浮かぶ自動改札と、頭上に配置されてある電光掲示板が視界に入り、息を呑む。

 表示される次の発車時刻は、四時五十一分。

 思考が停止する。
 一瞬、機械の故障かと思った。けれど、おかしいのは私の方だった。終電という概念を忘れていた。仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰っているから、気にしたこともなかった。
 不意に、しぼんだ風船のように気が抜けていく。運動不足な足の痛みも限界を迎え、私は力無くその場にしゃがみ込んでしまった。

「どうしよう……。私、これからどうしたら……」
 膝に顔をうずめ、小さく喘ぐ。心臓の音が、耳の奥でドクンドクンと響く。
 両手を強く握り締め呼吸を止めると、次に出るのは深い溜息。私は、どうしてこうなのだろう。
 風にすら揺れない乱れたショートカット。化粧気の無い地味な顔。ラフすぎる白のポロシャツにジーパン。真っ黒なシューズ。

 この煌びやかな街の灯りの中では、自分があまりにも場違いに見えて、余計に惨めになっていく。一つ、また一つとネオンが消えていくたび、私もこの街に、世界に、溶けて消えてしまいたくなった。

 目を強く閉じ、両手の平で耳を塞ぐ。
 この世界から遮断されたい。そんな思いで。