わたしはあの時、あの人の顕彰に猛反発した。
誰よりもあの人を称えたかったはずのわたしが、
その表彰が白々しく思えてならなかった。
勲章だの、功績だの。
あの人が望んでいたものじゃないと、そう思った。
戦のあと、わたしは軍を去った。
それと同時に――痛む左足を引き摺りーーあの人が生まれ、生き、戦い、そして消えた足跡を一つずつ辿る旅に出た。
白布の剣の鞘を見た山中も。
名もなき塚と呼ばれる岩の陰も。
伝承の形で残された、剣士の影を語る集落も。
どれもが、あの人そのものだった。
どれもが、あの人じゃないようでもあった。
わたしは、それらの情報を世に出すべきじゃないと思った。
いや――違う。
世に出さぬほうがいいと、“思いたかった”んだ。
誰かが語るのなら、それは――
生き延びた者の語りであるべきだと、
その“誰か”は、ほかならぬ自分であるべきだと、
否、そう“ありたい”と――
わたしは、そう願ってしまったんだ。
もう長くはない。
医者にはとうに、余命を宣告されている。
知っていたよ、ずっと前から。
この胸の奥に、ずっと何かが燻っているのを。
静。
もうすぐ、そっちへ行く。
お前がいつも、俺に立ち位置を任せてくれていた場所。
「左斜め後ろ」。
そこに俺はいるよ。
最期まで、背中は預けたまま、な。
じゃあ、また――
矢野 蓮 ーー本書を記し、三日後に永眠す。
誰よりもあの人を称えたかったはずのわたしが、
その表彰が白々しく思えてならなかった。
勲章だの、功績だの。
あの人が望んでいたものじゃないと、そう思った。
戦のあと、わたしは軍を去った。
それと同時に――痛む左足を引き摺りーーあの人が生まれ、生き、戦い、そして消えた足跡を一つずつ辿る旅に出た。
白布の剣の鞘を見た山中も。
名もなき塚と呼ばれる岩の陰も。
伝承の形で残された、剣士の影を語る集落も。
どれもが、あの人そのものだった。
どれもが、あの人じゃないようでもあった。
わたしは、それらの情報を世に出すべきじゃないと思った。
いや――違う。
世に出さぬほうがいいと、“思いたかった”んだ。
誰かが語るのなら、それは――
生き延びた者の語りであるべきだと、
その“誰か”は、ほかならぬ自分であるべきだと、
否、そう“ありたい”と――
わたしは、そう願ってしまったんだ。
もう長くはない。
医者にはとうに、余命を宣告されている。
知っていたよ、ずっと前から。
この胸の奥に、ずっと何かが燻っているのを。
静。
もうすぐ、そっちへ行く。
お前がいつも、俺に立ち位置を任せてくれていた場所。
「左斜め後ろ」。
そこに俺はいるよ。
最期まで、背中は預けたまま、な。
じゃあ、また――
矢野 蓮 ーー本書を記し、三日後に永眠す。



