漫画や小説で『恋』というものを知って、憧れて、周りの恋バナを聞いているうちに、命と似てるな……と、我ながらシビアな印象を受けた。経験した訳でもないのに、なんでだか漠然と。
 思えばその頃にはキラキラしたものや、何かを大切にする事が苦手になってた。

 保育園の頃。皆で一生懸命転がして顔まで作ったのに、次の日にはどろどろに崩れて、変わり果てた姿になった雪だるま。
 小学生の頃。園芸係になって毎日頑張って水やりして、やっと咲いた向日葵(ヒマワリ)。けど、夏が終わる頃には(しお)れて、鮮やかな黄色い花びらは跡形無く散って、消えてしまった。

 どんなに大切でも、惜しくても、永くは続かないのが、現実。

 恋も同じだ。いつか必ず『終わり』がくる。両想いになって、結婚しない限り。それでも、付き合いたての頃の熱は次第に冷めて、穏やかな甘い情が残れば幸いなものでしかないのだと、親を見ていてわかった。
 そして『初恋は実らない』という事。奇跡的に実ったら、それは特別で幸運なケースだという事。

 そんな私の初めての恋は、始まった時には――既に終わってた。報われない片思いというやつだ。

 けど、想うのは、自由。諦めなければ終わらない。ひっそり守って、育てるのも自由。
 そんなふうに強がってたけど、本当の『終わり』は、別にあったなんて……知らなかった。



 街灯の心細い明かりしかない、真夜中の帰り道。()だるような熱気の塊が去った後に残る生温(なまぬる)い空気が、バッテリー僅かの疲れた身体をじわじわ、と削る。
 台風は来るのか来ないのか、梅雨明けはしたのかしないのか。そんな曖昧(あいまい)な日が続く夏の夜というのは、どこか気だるい。地球に弄ばれているようで落ち着かない。
 おまけに、慣れない酔いと軽い頭痛に身をまかせたまま、事もあろうか、彼女持ちの男の子と二人きりで歩いてる。


 所属してる写真サークルの打ち上げの帰りだった。オールナイトカラオケでの飲み会。帰る時間はそれぞれご自由にって感じで、試験やレポート提出が全部終わった解放感で、先輩たちを中心に、部員のほとんどがすっかりできあがっていた。
 去年の春に二十歳(ハタチ)になった私も、既にお酒の味は知っている。サークル内であまり目立たない存在だけど、一応、お祝いしてもらった日に、生まれて初めてビールを飲んだ。……正直、とても苦くて無理だった。おいしさが全くわからなかった私は、やっぱりまだ子供なんだろうか。憧れていた大人の味には、今でも慣れない。今夜も、アルコールの低いサワー二杯だけで、身体も心も酔ってる。

 隣で歩いてる同い年の成戸(なりと)くんは、その同じサークルの男子だ。言っちゃなんだけど、あまり知られていない私の好きな作家が彼も好きだった、というのがきっかけで話すようになった。
 新刊の感想とか、今度はどこに撮りに行くかとか、たわいない話をするだけだったけど。学科は違うし、あまり自分のことを話さない人だから、大抵SNSでのやり取りだった。
 そして、高校時代から付き合ってるという、一つ下の彼女がいるらしい。学科は彼と同じで、他のサークルに所属しているとのこと。彼を追いかけて、頑張って入学したんだろうな。二人でいるのを、何度か見かけた事がある。活発な感じの可愛い子で、お似合いだった。周りにも公認って感じで……私を除いてだけど。


『打ち上げの時、少し話していい?』

 そんな思い切った一言を、前日の昨晩、息を止めながら通信アプリで送った。ふうっ、とようやく呼吸が出来る。
 ここまでで一時間近く迷って、何度も送信ボタンへのタップを止めてたなんて事がバカみたいに、数分後、あっさり返信が来た。

『いいよ。明後日予定あるから、早めに帰りたいし』

 彼女さんとの約束か、どこかに撮りに行くのか…… 前なら気になって仕方なかった内容だけど、今となってはどっちでもいい。
 いつもなら喜ぶ早い返信が、今日は哀しくて(むな)しい。

『私も長くいないから。大丈夫』
『わかった。帰り一緒ついでで良ければ聞く』

 決して『送る』じゃない文面が、ツキリ、と地味に胸にきた。下宿先の駅も同じだったのは、本当ラッキーだったなって、改めて思う。全然、特別でも幸せな状況でもないけど……


 迎えた当日の深夜。テーブルに空になったグラスが増えていくにつれて、皆のテンションも上がって盛り上がる。
 聞くのは好きだけど歌うのはいまいちな私と違って、成戸くんは寡黙な割に歌が上手い。流行りの曲をいつも通りリクエストされてるけど、殆ど知らないって言って、自分の好きな曲ばかり歌ってる。それが、マイペースな彼らしくて、内心微笑(わら)った。
 ……だからこそ、半年前の飲み会で、初めて流行りの曲を歌った時は印象的だった。枯れて色()せていく花束を、破局していく恋人達に重ねた、切ない失恋ソング。
 やたら情感こもってたから、『もしかして、彼女さんとうまくいってないんじゃないか』なんて、その頃から彼が好きだった私は、密かに期待した。……我ながらイタい黒歴史だ。今でも二人は続いてるらしいから。