それから椿は京極の屋敷で暮らし始めた。
 朝日とともに起き、暗くなったら眠る。誰も椿を痛めつけたりしない。
 一週間も経つと椿の怪我はほとんど完治し、力仕事も出来るようになっていった。

 不思議なことに、人と同じ食事をとることで、椿のやせ細った身体はどんどんと肉がついていった。
 人を喰らいたいという気持ちも、全く湧いてこない。まるで身体が鬼から人になってしまったようなのだ。

(おかげで刹那様に怪しまれないで済む。角もなく、人と同じ物を食べる。まるで人だもの)

「刹那様、お食事が出来ました」
「すぐ行く」

 椿は料理や洗濯を担うようになっていた。いてくれるだけで良いと言われても、ただじっとしているのは性に合わなかったのだ。

「お、今日はオムライスか」
「はい、以前教えていただいた料理法をやってみました。……不思議な料理の仕方で楽しかったです」
「それは良かった。あそこの喫茶店の店主は教えたがりだからな。また変わった料理を聞いてこよう」
「是非!」

 椿が勢いよく頷くと、刹那は口角を上げて「約束しよう」と微笑んだ。
 刹那はこまめに街の人々との交流図っているようだった。喫茶店の店主だけでなく、街中の人々のよく話しているようだった。

 鬼祓いと言っても年中鬼と戦っているわけではないらしい。
 人々が鬼に誑かされないように注意喚起をしたり、見回りをするのも仕事なのだとか。

 刹那は見回りの時、椿を連れていくこともあった。
 街を歩けば、たくさんの人が刹那に話しかけてくる。

「大きな屋敷のお兄ちゃん! 今日はお姉さんも一緒なんだね!」

 まだ小さな子ども達に囲まれて一緒に戯れている刹那の姿は、とても新鮮だった。
 凛々しい顔の刹那は笑顔こそ少ないが、どことなく楽しそうに見えた。

 子ども達だけではない。
 誰かと目線が合うたびに、街の人々は親しげに刹那に声をかけるのだ。

「旦那じゃないか。その子が噂の婚約者かい? いやぁ別嬪さんだ」
「京極さん、今日は茄子が安いよ! ほら、お嬢さんに洒落た料理を作ってもらいなよ」
「最近どうだね。京極の旦那のおかげで被害が減ってありがたい限りだ」

 人々と話す刹那を見ていると、慕われているのがよく分かる。
 特に若い女性達は熱を持った視線を刹那に送っている。

「刹那様よ!」
「いつ見てもお綺麗だわ……」
「今こちらを見たわよ! キャーッ」

 楽しそうにはしゃぐ声が椿の耳にまで届いてくる。

「刹那様は人気者ですね」

 とても不審がられていたとは思い難い。そう指摘すると、刹那は微笑んだ。

「椿のおかげだ。俺が一人だった頃は、こんな風ではなかった」
「……それなら良いのですが」
「本当に助かっている。ありがとう」

 刹那に感謝されると全身が熱を帯びる。

(私ってこんなに単純だったんだ)

 子どものような思考に恥ずかしくなる。
 椿が思わず俯くと、刹那が椿の頬に触れた。
 驚いて顔を上げると、刹那は意味ありげに口角を上げて椿の手を取った。

「ほら。こうして歩けば、もっと良い。仲睦まじく見える」
「刹那様! か、からかってます?」
「ははは。いいじゃないか」


 平穏な日々は、椿の心と身体を癒していった。
 
(ずっとこのまま、ここで過ごせたらいいのに……)

 刹那がこの街での仕事を終えなけば、ずっと一緒にいられる。
 けれど、それは無理だと分かっていた。