白き角を持つ少女は、鬼祓いに死を乞う

 翌日、椿は窓から差し込む日の光で目を覚ました。
 そろそろと身体を起こし、動かしてみる。
 痛みはあるものの、もう動けそうだった。

 部屋を出て台所をのぞくと、刹那が朝食の用意をしていた。

「おはようございます」
「おはよう。眠れたか?」
「はい、とても……。あっ、お手伝いします」
「あぁ、助かる。そこの皿を取ってくれ」

 広い台所で、椿は食事の準備を手伝い始めた。
 刹那は言葉が少ない男だったが、椿はなぜか彼のやりたいことが分かった。

(不思議。まるで前からよく知っている人みたい)

 二人は自然と息が合い、あっという間に準備が終わった。

「椿のおかげで朝食が豪華になったな」
「ふふふっ、これはご馳走ですね」

 目の前には五品ものおかずが並んでいる。
 二人は思わず顔を見合わせて笑い合った。



 食事を食べ終わると、刹那は椿の脚に目をやった。

「怪我の具合はどうだ?」
「少し痛みますが身体は動かせます。昨晩は本当にお世話になりました。このご恩は忘れません」

 白百合に飛ばされた後、初めて会った人が刹那で良かったと、椿は心からお礼を伝えた。
 椿が屋敷を出ようと立ち上がると、刹那が「待て」と引き留めた。

「行くあてはあるのか?」
「えっと……」

 適当に誤魔化すことも出来たはずだった。それでも刹那の翡翠色の瞳に見つめられると、嘘がつけなかった。
 椿が口ごもると、刹那はふわりと微笑んだ。
 
「行くあてがないのなら、しばらくここで暮らすと良い」

 刹那の提案に椿は目を丸くした。

「そんなの悪いです……」
「その代わり、頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
「しばらくの間、俺の婚約者を名乗ってくれないか?」

 椿は目を見開きすぎて、目が落ちてしまうのではないかと思った。

「ご冗談、ですよね?」

 椿の問いかけに刹那は首を横に振る。
 何故……と呟く椿に、刹那は事情を話してくれた。

「この屋敷はしばらく空き家だったんだ。そんなところに急に男が来て、一人で暮らし始めたら不審がる者も多い。仕事上、妙な噂を立てられるのは困るのだが、仕事が終わるまではここを離れられない。だから椿がいてくれると助かる。婚約者と二人で京極の本家のために屋敷を管理していると言えば、悪い噂も立たない」

 そんなものだろうか、と椿は思案する。
 京極家。
 どこかで聞いたような家名だ。ここ一帯の名家なのかもしれない。

(確かに、こんな大きなお屋敷に一人で暮らしているのは怪しまれそうね。助けてもらったし、いるだけで力になるなら……)

 もともと、助けてもらわなければ死んだも同然だったのだ。ならば本当に死ぬ前に人助けをするも悪くない。
 椿は刹那に手を差し出した。

「私で良ければ」
「ありがとう」

 握り返された手は大きくてごつごつとしていたが、温かかった。

「ところで刹那様のお仕事とは何なのでしょうか?」

 婚約者のフリをするならば、刹那のことを知らなければならない。
 気になって尋ねると、刹那は部屋の隅に置いてあった剣を指さした。

「鬼祓いだ」
「……っ!」

 刹那の言葉に身体がピクリと跳ね、思わず頭を抑えそうになる。

(人ながら鬼を倒せるという……あ、あの鬼祓い?)

 鬼祓い。
 母から「絶対に近づいてはならない」と言われていた存在だ。
 どんなに強い鬼も鬼祓いには敵わない。だから人を喰らう時、鬼祓いだけには注意しなければならない。

(そうだわ。京極って、鬼祓いの一族……こんな大切なこと、なぜ忘れていたの!)

 京極家は有名な鬼祓いの一族で、一度狙われた鬼は必ず倒されるのだとか。
 幼い頃、母に教えられた記憶が大波のように押し寄せていた。

 椿の身体が恐怖でカタカタと震えだす。
 刹那は椿を引き寄せると、優しく背中を撫でた。
 
「そう怖がらなくて良い。この辺りに出る鬼は、若い男を好むそうだから」

 落ち着いた刹那の声に、椿は「違う!」と叫び出しそうだった。

「せ、刹那様……あのっ」
「大丈夫。この屋敷には結界も張ってある。椿を危険な目に遭わせたりしない。だから、俺を信じてくれ」

 真っ直ぐな瞳が椿を貫く。刹那の祈るような表情に、椿は困惑した。
 刹那は先ほどの約束を気にしているのだろう。椿が怖がって婚約者のフリを断るかもしれないと心配して居るに違いない。

 そうだ。怖さを理由に断ればいい。
 そう思うのに――。

「せ、刹那様が守ってくださるなら」

 気がつくと椿はそう答えていた。
 恐ろしい鬼祓いから逃げたい。その気持ちよりも、刹那との約束を守りたいという気持ちが勝ったのだ。

(どうしてこんな事に……)

 椿には、自分自身の行動が理解できなかった。