ほどなくして戻ってきた刹那は、薬とたくさんの物を持ってきた。

「痛み止めと葛湯、それから塗り薬だ。痛み止めと葛湯を飲めば少しは動けるはずだ。湯あみをしてから塗り薬を塗るといい。それから、着替えはこれを」

 薬とともに渡されたのは女物の服や手ぬぐいだった。
 クスノキの独特な香りが鼻をくすぐる。箪笥に仕舞いこまれていたのだろう。
 わざわざ探してきてくれたのかもしれない。

「ありがとうございます」
「風呂は廊下の突き当りにある。何かあったら呼んでくれ。俺は食事の準備をしておく」

 刹那は部屋を出ていく時、「風呂と部屋には鍵をかけられる」と言い残していった。




「ふぅ……」

 椿が言われた通りに湯あみを終えて部屋に戻ると、粥が用意されていた。

「食べられるか?」
「あ、ありがとうございます。いただきます」

 刹那にじっと見つめられる中、粥をすくって口に運ぶ。
 温かくてほんのり梅の酸味が口に広がった。

「……美味しい、です」
「そうか。良かった」

 椿の呟きに刹那の表情が和らぐ。微笑んだ彼は、どんな鬼よりも美しいと思った。だが鬼のような冷たい美しさではない。椿の心をホッとさせる柔らかい表情だった。

 時間をかけて粥を食べ終わると、刹那がお椀をひょいと持ち上げた。

「今日はもう遅い。食べたら休め。この部屋の隣に布団を敷いてある」
「見ず知らずの私を泊めてくださるのですか? 私が悪者だったらどうするのです?」

 椿の言葉に刹那は吹き出した。

「はははっ! 心配するな。俺はとても強いから」

 刹那はひとしきり笑うと、柔らかい笑顔で椿の頭を撫でた。

「まずは自分の身体の心配をすることだ」
「はい……ありがとうございます。」

 撫でられた頭と顔が熱い。
 椿は熱を誤魔化すように俯いて頭を下げた。


 隣の部屋に用意された布団は羽のように柔らかく、横になると疲労が溶け出していくようだった。

「まるで極楽のようね」

 葛湯や粥のおかげで腹も満たされて、椿は満ち足りた気分を噛みしめていた。

(あの人を見ても、ちっとも喰らいたいと思わなかったわ。角がないせいかしら?)

 これなら人の世で生きていけるかもしれない。
 死ぬことを考えていたのに、そんなことを思う自分がおかしくて、椿は口の端を上げた。

「もう寝ましょう」

 怒涛の一日だった。母や白百合、そして刹那の顔を思い浮かべながら、椿は眠りに落ちていった。