「――……おい。こんなところで寝ていると、攫われちまうぞ」
優しく肩をゆすられ、目を開ける。辺りは薄暗い。今は夜だろうか。
背中がごつごつと固いものに当たって痛い。椿の口から思わず「うぅ……」とうめき声が漏れる。
もぞもぞと動きながら見上げると、見知らぬ男性が椿の顔を覗き込んでいた。
(人……? 私、まだ生きているの?)
男性は柔らかく流した髪に、翡翠のような瞳を持っていた。眉が下げられ困ったような心配しているような表情をしている。
「立てるか?」
「あ、はい。……っ!」
立とうとしたが全身のあちこちが痛み、思わず顔をしかめる。何とか立ち上がろうとするが、身体が力の入れ方を忘れてしまったかのように動かなかった。
その様子を見ていた男性は、椿をひょいと持ち上げた。椿の身体が強張る。
「あのっ……」
「ここじゃ暗くて怪我の手当ても出来ない。一度俺の屋敷に行こう。心配するな。取って食ったりしない」
喉の奥を鳴らしながら笑うその男は、月明かりが良く似合っていた。
「名前、聞いてもいいか?」
「……椿と申します」
「俺は京極刹那(きょうごく せつな)。居心地悪いだろうがしばらく辛抱してくれ。俺の屋敷はすぐそこだから」
「はい」
抱き上げられている腕や触れている胸板から、刹那の体温を感じる。
(温かい……)
椿は目を閉じて、彼に身体を預けた。
「ここが俺の屋敷だ」
刹那の言葉に目を開けると、そこには広いお屋敷があった。門柱には『京極』という札がかかっている。
屋敷の端を確認出来ないほど広いのに、中は人の気配がなくシンとしていた。
(誰もいないの? こんな広いお屋敷なのに)
椿の不思議そうな視線に気づいたのだろう。刹那は「ここは京極家の分家だった屋敷だ。今は仕事部屋として、一人で使ってるんだ」と教えてくれた。
刹那は椿を抱えたまま客間へ向かうと、大きなソファーの上に椿をそっと降ろした。
じっと見つめられて、椿は思わず視線をそらす。
「脚を痛めているな。それから頬の傷か。他に痛むところはあるか?」
「だ、大丈夫です」
本当は色んなところが痛むが、場所が多すぎて言えなかった。
(不思議ね。死ぬのは怖くないのに、身体が痛いと辛いなんて)
自分の身体なのに、ままならぬものだ。
椿は密やかにため息をつく。
刹那はその様子をじっと見つめていたが、「少し待っていろ」と言い残し部屋を出ていった。
椿は一人になると、ようやく身体の力を抜いた。部屋を見回すと、ソファーとテーブルの他には何もないことに気づく。人が住んでいる気配はないが、埃はなく、窓は磨かれている。なんとも不思議な屋敷だった。
(仕事で使っているというのは本当なのでしょうね。一人で管理するのは大変そう……)
道端に倒れている椿を気にかけるくらいなのだから、相当なお人好しか変人なのだろう。
不思議な屋敷に不思議な人。
椿はまだ夢を見ているような心地だった。
(でも身体の痛みが現実だって教えてくれているわね)
「痛っ……!」
姿勢を変えようとすると鋭い痛みが走る。椿はそのままソファーに沈み込んだ。
さっきまで転がっていた地面とは全く違う柔らかなソファーが心地良くて、気を抜くと眠ってしまいそうだった。
優しく肩をゆすられ、目を開ける。辺りは薄暗い。今は夜だろうか。
背中がごつごつと固いものに当たって痛い。椿の口から思わず「うぅ……」とうめき声が漏れる。
もぞもぞと動きながら見上げると、見知らぬ男性が椿の顔を覗き込んでいた。
(人……? 私、まだ生きているの?)
男性は柔らかく流した髪に、翡翠のような瞳を持っていた。眉が下げられ困ったような心配しているような表情をしている。
「立てるか?」
「あ、はい。……っ!」
立とうとしたが全身のあちこちが痛み、思わず顔をしかめる。何とか立ち上がろうとするが、身体が力の入れ方を忘れてしまったかのように動かなかった。
その様子を見ていた男性は、椿をひょいと持ち上げた。椿の身体が強張る。
「あのっ……」
「ここじゃ暗くて怪我の手当ても出来ない。一度俺の屋敷に行こう。心配するな。取って食ったりしない」
喉の奥を鳴らしながら笑うその男は、月明かりが良く似合っていた。
「名前、聞いてもいいか?」
「……椿と申します」
「俺は京極刹那(きょうごく せつな)。居心地悪いだろうがしばらく辛抱してくれ。俺の屋敷はすぐそこだから」
「はい」
抱き上げられている腕や触れている胸板から、刹那の体温を感じる。
(温かい……)
椿は目を閉じて、彼に身体を預けた。
「ここが俺の屋敷だ」
刹那の言葉に目を開けると、そこには広いお屋敷があった。門柱には『京極』という札がかかっている。
屋敷の端を確認出来ないほど広いのに、中は人の気配がなくシンとしていた。
(誰もいないの? こんな広いお屋敷なのに)
椿の不思議そうな視線に気づいたのだろう。刹那は「ここは京極家の分家だった屋敷だ。今は仕事部屋として、一人で使ってるんだ」と教えてくれた。
刹那は椿を抱えたまま客間へ向かうと、大きなソファーの上に椿をそっと降ろした。
じっと見つめられて、椿は思わず視線をそらす。
「脚を痛めているな。それから頬の傷か。他に痛むところはあるか?」
「だ、大丈夫です」
本当は色んなところが痛むが、場所が多すぎて言えなかった。
(不思議ね。死ぬのは怖くないのに、身体が痛いと辛いなんて)
自分の身体なのに、ままならぬものだ。
椿は密やかにため息をつく。
刹那はその様子をじっと見つめていたが、「少し待っていろ」と言い残し部屋を出ていった。
椿は一人になると、ようやく身体の力を抜いた。部屋を見回すと、ソファーとテーブルの他には何もないことに気づく。人が住んでいる気配はないが、埃はなく、窓は磨かれている。なんとも不思議な屋敷だった。
(仕事で使っているというのは本当なのでしょうね。一人で管理するのは大変そう……)
道端に倒れている椿を気にかけるくらいなのだから、相当なお人好しか変人なのだろう。
不思議な屋敷に不思議な人。
椿はまだ夢を見ているような心地だった。
(でも身体の痛みが現実だって教えてくれているわね)
「痛っ……!」
姿勢を変えようとすると鋭い痛みが走る。椿はそのままソファーに沈み込んだ。
さっきまで転がっていた地面とは全く違う柔らかなソファーが心地良くて、気を抜くと眠ってしまいそうだった。



