「椿!」
「刹那様……?」

 気がつくと、目の前に刹那が立っていた。白百合から椿を守るように剣を構える彼は、ちらりと椿を見て安堵の表情を浮かべた。

「間に合った。大丈夫か?」
「どうしてここに……」
「手紙を見て街中探したんだ。椿が鬼に会いに行くと思ったから」

 刹那は白百合に向き直り、剣を握り直した。彼から放たれている殺気は鋭く、いつも椿に柔らかく微笑んでくれる刹那とはまるで別人だった。


「鬼め! ようやく現れたな」

 突然の出来事に目を丸くしていた白百合は、状況を飲み込むと残忍な笑みを浮かべて刹那を指さした。

「お姉様、この人は誰なの? 鬼祓いに見えるけど」
「お、お姉様だと?」

 刹那の声が低くなる。
 椿は刹那の前に回り込んだ。

「ごめんなさい……この子は私の妹です。この街の人々を喰らっていたのは、私の妹なのです。それにっ……私も鬼なのです」

 俯きながら一息に説明すると、刹那は黙って剣をおろした。
 いっそのこと斬ってくれた方が良かった、と椿は罪悪感で胸がいっぱいになる。

 後ろでは白百合がケラケラと笑っていた。

「あら? もしかしてお姉様が誑かしたお相手だったのかしら? 人の世で暮らしたら、いくらお姉様でも喰らいたくなるわよねぇ」
「違う。刹那様は私の恩人なの。私は誰も……喰らったりしない」
「うふふふ、お姉様ったら人だけでなく、鬼祓いにもお優しいのね。妹には関心も向けないくせにっ!」

 白百合は椿を突き飛ばして刹那に襲い掛かった。
 椿が「刹那様!」と叫ぶのと同時に、彼は剣で白百合を斬りつけた。

「あぁぁあ! 痛いっ! 何するのよ! 大切な着物が汚れてしまったじゃない!」

 白百合の着ていた美しい着物に血が滲んでいく。
 彼女は自分の身体よりも着物を気にかけていた。

「お前を祓う」
「あはははは! 無理よ。あんたには迷いがある。私がお姉様の妹だから? ふふふっ、滑稽ね」

 白百合はその場でくるくると回りながら「ほら、殺してみなさいよ」と刹那を挑発した。

「白百合、もう止めて。街の人に、刹那様に手を出さないで。私のことは殺したっていいから!」
「椿! 駄目だ。そんな事っ、させない……!」

 刹那が剣を構えて白百合を睨みつける。
 白百合は目を細めて椿と刹那を交互に見た。

「お姉様は鬼祓いに守られていたってわけね。私ではなく、鬼祓いに!! 許せない……許せないわ!」
「白百合! 止めなさい!」
「お姉様は黙ってて! お話はこいつを喰ってからよ!」

(駄目だ。今の私に白百合は救えない。この子に私の声は届かない。でも刹那様にも迷いが見える。どうしたら……)

 ――その時。
 椿の脳内に男の声が響いた。椿が喰らった僧侶の声だった。

『椿さん、知っていますか? 貴女方のご先祖様は、魂を極楽へと運んでいたとされているのです』

 その瞬間、椿は身体の中に不思議な力が溜まっていくのを感じた。
 そして自分がどうすべきかはっきりと分かった。

 椿は立ち上がると、白百合に近づいた。
 椿の異変に気がついた二人は、警戒をしたまま椿を見つめている。

「椿?」
「お姉様?」

 椿は懐から自分の角を取り出した。
 白く美しいそれは煌びやかな光を放っている。それを握りしめ、白百合へと向けた。

「お姉様? ……白百合を殺すのですか? なんて酷いっ!」
「いいえ。送ってあげるの。私たちが本来いるべき場所へ」
「お姉様には出来るはずないわ!」

 白百合は瞬間移動を使って椿から距離を取る。
 ……取ったはずだった。
 
「ぐっ……! ああああっ! お、おねえ、さま」

 一瞬の後、白百合は倒れ込んでいた。
 椿も瞬間移動を使ったのだ。

 白百合の心臓に白い角が突き刺さっている。

「私たちはこの世で生きるべきではなかったのよ。帰りましょう。いるべき場所へ」

 椿が白百合を見下ろすと、彼女は椿の足に縋りついた。

「いやあああ! 嫌よ! お姉様っ……白百合はっ、私はっ! 消えたくないっ」
「先に行っていて。……お母様によろしくね」

 椿がそう呟くと、白百合の身体が消え始めた。

「あああっ! くそっ! お姉様、こんなことをして……許されないわ! 絶対に、絶対にっ、白百合は消えたりしないっ! ああああっ!!」
「さようなら」

 恨み言を残し、白百合は消えていった。
 それを見届けた椿は、自身の角を拾い上げ、力を込めた。
 すると、角はパリンという音とともに粉々に砕け散った。