それから椿は夢を見ても気にしなくなっていった。
夢の中でどんなに白百合に叫ばれても、「聞こえないから分からないわ」「また今度にしてちょうだい」と言い続けた。すると、次第に夢を見る回数が減っていったのだ。
(やっぱり夢なんて、自分の気持ちの問題だったのよ)
そう思うと気が楽になった。
白百合は当主としての仕事が忙しくて、椿のことなど忘れているだろう。
しかし椿の楽観的な考えは、すぐに打ち砕かれた。
数日前、若い男が一人、行方不明になったのだ。
夜中にふらりと出かけたというその人は、朝方になっても戻ってこなかったそうだ。
街中の人々は、鬼の仕業だと震えあがった。
「椿、今から出かけるから先に寝ていてくれ」
日も落ちた頃、刹那は出かける準備をしていた。鬼を探しに行くのろう。
心なしかいつもより表情が暗い。椿は彼に近づくと、そっと手を握った。
「どうか、お気をつけて」
刹那は少し目を丸くした後、ふっと笑みを浮かべた。
「ありがとう。……不思議な気分だ。椿といると大丈夫だと思えるんだ」
「帰りを待っていますから」
「あぁ、行ってくる」
椿は一人寝室に戻ると、窓から外を眺めた。
外は真っ暗で部屋の明かりが反射して見えるばかりだ。
(鬼……以前はこの街によく出たって聞いたけれど)
椿がここに来てから鬼が出たという話は初めてだった。
けれど、少し前までは若い男が夜にひっそりと消えてしまうことが多かったそうだ。
鬼が男を誑かし、攫っている。
この街の人々はそう噂しているようだった。
(若い男ばかりを攫う……白百合みたいな鬼ね)
ふと美しい妹の顔を思い出し、身体がぶるりと震えた。
どろりとした暗い気持ちが椿を支配する。角が生えていた部分が疼いているような気がした。
「刹那様、早く帰ってこないかしら……」
椿は眠ることなく刹那の帰りを待っていた。
もう朝日が昇ろうという頃、ようやく刹那が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「起きていたのか。……ただいま」
刹那の言葉はいつも通り柔らかいが、表情が暗い。
「……また、一人攫われたんだ」
刹那からこぼれた言葉に椿の心臓がドキリと脈打つ。
「いなくなった青年の部屋に、これが置いてあったそうだ」
刹那が手に持っていたのは、血で赤黒く染まった百合の花だった。
「ひっ……!」
「驚かせてすまない。何か手がかりになるかもしれないと、持ち帰ったんだ」
「そ、そうですか」
椿は震える身体を抑え込み、何とか笑みを浮かべた。
「お疲れでしょう? 風呂を沸かしますから入ってください」
「ありがとう。そうしよう」
部屋に上がる刹那の背中を見ながら、椿の呼吸はどんどんと浅くなっていった。
(間違いない。この街の人たちを喰らっているのは、白百合だ)
考えれば分かることだった。この地に椿を飛ばしたのは白百合なのだ。
白百合がこの地で好き勝手出来ないはずがない。
血で黒く染まった百合は『私のこと、覚えてる?』とでも言いたげだった。
「どうしたら……」
ガンガンと痛む頭を抱えるように手をやると、あることに気がついた。
「うん? ……角がっ!?」
角が折れたはずの場所がわずかに膨らんでいる。まるで爪が伸びるかのように、新たな角が伸びてきているのだ。
椿は慌てて髪の毛で角の生え際を隠した。
心臓がうるさいくらいに鳴り響いている。
椿は全てから逃れるように自室の布団へと潜り込み、かたく目を閉じた。
夢の中でどんなに白百合に叫ばれても、「聞こえないから分からないわ」「また今度にしてちょうだい」と言い続けた。すると、次第に夢を見る回数が減っていったのだ。
(やっぱり夢なんて、自分の気持ちの問題だったのよ)
そう思うと気が楽になった。
白百合は当主としての仕事が忙しくて、椿のことなど忘れているだろう。
しかし椿の楽観的な考えは、すぐに打ち砕かれた。
数日前、若い男が一人、行方不明になったのだ。
夜中にふらりと出かけたというその人は、朝方になっても戻ってこなかったそうだ。
街中の人々は、鬼の仕業だと震えあがった。
「椿、今から出かけるから先に寝ていてくれ」
日も落ちた頃、刹那は出かける準備をしていた。鬼を探しに行くのろう。
心なしかいつもより表情が暗い。椿は彼に近づくと、そっと手を握った。
「どうか、お気をつけて」
刹那は少し目を丸くした後、ふっと笑みを浮かべた。
「ありがとう。……不思議な気分だ。椿といると大丈夫だと思えるんだ」
「帰りを待っていますから」
「あぁ、行ってくる」
椿は一人寝室に戻ると、窓から外を眺めた。
外は真っ暗で部屋の明かりが反射して見えるばかりだ。
(鬼……以前はこの街によく出たって聞いたけれど)
椿がここに来てから鬼が出たという話は初めてだった。
けれど、少し前までは若い男が夜にひっそりと消えてしまうことが多かったそうだ。
鬼が男を誑かし、攫っている。
この街の人々はそう噂しているようだった。
(若い男ばかりを攫う……白百合みたいな鬼ね)
ふと美しい妹の顔を思い出し、身体がぶるりと震えた。
どろりとした暗い気持ちが椿を支配する。角が生えていた部分が疼いているような気がした。
「刹那様、早く帰ってこないかしら……」
椿は眠ることなく刹那の帰りを待っていた。
もう朝日が昇ろうという頃、ようやく刹那が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「起きていたのか。……ただいま」
刹那の言葉はいつも通り柔らかいが、表情が暗い。
「……また、一人攫われたんだ」
刹那からこぼれた言葉に椿の心臓がドキリと脈打つ。
「いなくなった青年の部屋に、これが置いてあったそうだ」
刹那が手に持っていたのは、血で赤黒く染まった百合の花だった。
「ひっ……!」
「驚かせてすまない。何か手がかりになるかもしれないと、持ち帰ったんだ」
「そ、そうですか」
椿は震える身体を抑え込み、何とか笑みを浮かべた。
「お疲れでしょう? 風呂を沸かしますから入ってください」
「ありがとう。そうしよう」
部屋に上がる刹那の背中を見ながら、椿の呼吸はどんどんと浅くなっていった。
(間違いない。この街の人たちを喰らっているのは、白百合だ)
考えれば分かることだった。この地に椿を飛ばしたのは白百合なのだ。
白百合がこの地で好き勝手出来ないはずがない。
血で黒く染まった百合は『私のこと、覚えてる?』とでも言いたげだった。
「どうしたら……」
ガンガンと痛む頭を抱えるように手をやると、あることに気がついた。
「うん? ……角がっ!?」
角が折れたはずの場所がわずかに膨らんでいる。まるで爪が伸びるかのように、新たな角が伸びてきているのだ。
椿は慌てて髪の毛で角の生え際を隠した。
心臓がうるさいくらいに鳴り響いている。
椿は全てから逃れるように自室の布団へと潜り込み、かたく目を閉じた。



