三善先生のヒミツにご注意を【余話:宮道先生の一日】

 午後もお互いに授業をこなし、定時に学校を出た。生徒たちの目から隠れるようにして車に乗り込み、駅に向かって車を走らせた。
 二月も終わりに差し掛かってきたが、寒さが緩む気配はない。マフラーをぐるぐるに巻いた三善は背中を思いっきりシートに預けて、今にも寝そうな顔をしていた。

「ぼちぼちつくで」
「んー」

 だめだ、これ、寝るやつだ。
 近くのコインパーキングに停めて、すぐに扉を開けると冷えた空気が一気に車内に入ってきた。さすがの寒さに目を覚ましたらしく、三善もため息を吐いて外に出てきた。

「こっちやな、確か」

 指示された場所に向かうと、確かに街灯も数えるほどしかないほどの暗さだった。妖の一つや二つがいてもおかしくない。

「調査なら、お前だけで良いだろ」
「あかん。どんなときもペアで動くんが鉄則やろ」
「めんどくせぇ」
「こっちに来てからどうやって調査してたん?」

 だんまりを決め込んだ三善を見るに、無茶なやり方をしていたんだろう。報告も碌に上がって来なかったから、宮道が派遣されてきた。

「まあええわ。とりあえず、調査開始するで」

 ポケットに忍ばせてある白い札を一枚取り出して、探知用の術を込めた。

「探」

 札が水のように地面に滴りおち、溶けていく。やがて、金色の線が一筋描かれた。その先を目で追っていくと、より奥の細道に続いていた。

「相変わらず早いな」
「せやろ。得意やねん、これは」

 攻撃や防御といった実働部隊に必要な能力よりも、宮道は調査を主とするスキルの方が高い。正確な情報を得ることは、作戦を立てる時には必要だ。だから、調査以外で現場に出ることは殆どない。三善とペアを組む時以外は。
 たどり着いたのは一つのごみ箱だった。随分前から置かれているらしく、薄汚れていた。

「ああ、いるな」

 三善の言葉に反応したのか、ごみ箱の蓋が開き、一気に低級の妖が出てきた。その数は目算で三十は超えていた。

「け」
「滅」

 宮道が結界を張る前に、三善は腕を横一線に祓った。それに一瞬遅れたかのように、端から順に破裂して消滅していった。相変わらずの速さに、宮道は自分との実力差をまざまざと見せつけられた。宮道が対応したら、あと五分はかかったはずだ。

「調査はこれだけ?」

 何事もなかったかのような、それこそ、一瞬前にいた妖のことでさえ忘れていそうな言い方だった。

「せやな。幽霊列車の痕跡らしきもんも見当たらんし。ハズレやろ、今日は」
「……そうだな」
「なら、帰ろうや」

 もと来た道を戻ろうとした時、三善に声をかけられた。立ち止って振り返ると、外面用の丸眼鏡を外して、まっすぐこちらを見ていた。表情らしい表情はない。冷酷で、残忍で、だけど、それをきっちりと隠していた。

「お前が何の指令を受けているかは知らない」
「そら、お互いさまやろ」

 調査こそペアでやることは原則ではある。
 だが、公安局員は一人ひとり任されている任務は異なる。協力はするが、足は引っ張らない。これが、公安局員としてのもう一つの鉄則である。

「お前の邪魔をするつもりはない」
「わかってるて。鉄則やし」
「違う。それだけじゃない」
「じゃあ、なんや? 慣れあおうってか?」
「……なんでもない」

 何かを言いたそうな、それでいて諦めたかのような言い方だった。人を突き放すし、人を信用していないが、時々見せる三善のその顔に、宮道はこれがコイツの本当の顔じゃないかと思っていた。

「ええわ。とりあえず、買い物して帰ろうや」
「外食じゃねーの?」
「これだけ早かったら、居酒屋すら開いてへんわ。時間もあるし、ちょっと凝ったものくらいは作れるやろ」
「じゃあ、コロッケ」
「手ぇかかり過ぎのやつ選んでくんなや。唐揚げくらいにせぇっ」
「嫌だ。今日はコロッケの気分だ」

 食に興味がないクセに、妙なこだわりを見せる時がある。

 圧倒的な強者。
 何か目的をもって術者になった奴。
 それと、日下部結菜を大変気に入っていることを自覚していない、ちょっと残念な男。

 それが今宮道が知っている三善の全てだ。

「コロッケの具材と牛乳以外に何か買うものあるか?」
「……プリン」
「プリン?」
「昨日冷蔵庫にあったプリンを食べたから、あれと同じものがあれば買う」
「あ、あれは」

 今日の仕事終わりに食べようと思っていた、宮道のプリン。
 ちゃんと名前を書いておいたのに、無くなっていたのはコイツのせいか。

 悪びれた様子がない後ろ頭を軽く叩いてから、宮道は車の鍵を開けた。
 とりあえず、プリンと牛乳、それにコロッケに必要なモノ。
 それだけは忘れずに買って帰る。
 家に帰ったら、やっぱり共同生活ルールを決めないと。
 少なくとも、勝手に楽しみに取っているプリンを食べられないくらいのルールは必須だと強く心に決めて、宮道は運転席に乗り込んだ。