布団を頭から被った三善先生がもぞもぞと顔の上半分だけ出した。目つきの悪さは、今までよりも一層悪くなっていた。殺人鬼のようにしか見えない。
ぎょろりと目が動いた。思わず肩をすくめた結菜を見つけて、三善先生の目が少しだけ丸くなった。
「日下部、なんで」
「えっと、その、宮道先生に連れてきてもらいました」
「宮道、てめぇ」
「俺はお茶でも入れて来るから、ゆっくり話しや」
殺気を隠すことなく、放ち続ける三善先生を無視して、宮道先生は部屋を出て行った。気まずすぎる空気の中、どうしたら良いのかわからない。
大きなため息を吐いて、三善先生がベッドからゆっくりと起き上がった。顔は青白く、目つきの鋭さはいつも以上。いつもは整えられている髪も寝癖のせいか少し跳ねていた。
「なに?」
突き放すような言い方に、結菜は三善先生から目を反らして、俯いた。
「……悪かった」
小さな声が聞こえた。ぱっと結菜が顔を上げると、声の主は頭を下げていた。
「お前の特性を知っていながら、何も警告をしなかったこと。それで、お前が危険に巻き込まれたこと。全部、オレのせいだ」
まっすぐすぎる謝罪に、結菜は何と答えたら良いかわからなかった。
先生は、悪くない。
そう言っても、多分正解じゃないのは直感的に分かった。でも、それ以上何を言えるかと考えても、結菜から言葉は出てこなかった。
「なに、そのお偉いさんの人を庇うみたいな言い方。どこぞの秘書みたいな」
呆れた声で割って入ってきた宮道先生は、お盆を持っていた。ふわりと甘い香りが漂った。
「そんな謝罪されても、結菜ちゃんも困るんと違うか、三善」
「……それでもオレが悪かったことに変わりはない」
「ほんまに頑固なやつやな。とりあえず、これ飲んで頭冷やせ」
無理やり手元に持たされた湯呑を見ている三善先生の表情は相変わらず暗い。
「結菜ちゃん、葛湯は飲める人?」
「え、あ、はい」
「良かったわぁ。こいつ、具合が悪い時はこの葛湯しか飲まへんのや。まぁ、わかりやすくて、ええんやけど」
手渡された湯呑からほのかに柚子の香りが鼻腔をくすぐった。ほっとするような香りに導かれて、結菜は一口飲んだ。葛が溶かされているからか、少しだけもったりしている。甘さと温かさが体に染みわたっていく。
三善先生をちらりとみると、先生も気まずそうな顔のまま、飲んでいた。
「で、これからどないするん?」
ベッドの脇に胡坐で座った宮道先生は葛湯を飲みながら、真剣な顔で三善先生を見ていた。問われた三善先生は湯呑を見たまま、じっと黙っていた。
「だんまりはあかんで。女の子の前では、特に。モテん男がすることや」
「別にモテたいとか関係ないだろ、今は」
「なんやおしゃべりできるやん。それで、どうするん?」
「どうするって言っても、できることは限られているだろ」
ちらり、というより、じろりと三善先生に見られた。品定めするような、不安を隠しているような目が離れない。
「……日下部は、本当に術者になりたいんだな?」
「はい」
姿勢を正して返事をした。
初めて自分で決めたこと。できれば達成したい。
結菜にあるのはそれだけだった。
結菜の想いが伝わったのかわからないが、軽く息を吐いてから三善先生が言った。
「わかった。とりあえず明日から修行を始めるか。こういうのは早い方が良い」
「え、でも、先生の体調」
「明日から放課後化学準備室に通え」
有無を言わぬ圧力が籠った言葉に、結菜は頷くしかできなかった。
「三善の体調なら、大丈夫やから心配しなさんな。俺が送ってくから、帰るで」
宮道先生に背中を押されて、結菜は部屋を出た。部屋の扉を締める直前、振り返って三善先生を見たが、何か難しい顔をして湯呑をじっと見ていた。
ぎょろりと目が動いた。思わず肩をすくめた結菜を見つけて、三善先生の目が少しだけ丸くなった。
「日下部、なんで」
「えっと、その、宮道先生に連れてきてもらいました」
「宮道、てめぇ」
「俺はお茶でも入れて来るから、ゆっくり話しや」
殺気を隠すことなく、放ち続ける三善先生を無視して、宮道先生は部屋を出て行った。気まずすぎる空気の中、どうしたら良いのかわからない。
大きなため息を吐いて、三善先生がベッドからゆっくりと起き上がった。顔は青白く、目つきの鋭さはいつも以上。いつもは整えられている髪も寝癖のせいか少し跳ねていた。
「なに?」
突き放すような言い方に、結菜は三善先生から目を反らして、俯いた。
「……悪かった」
小さな声が聞こえた。ぱっと結菜が顔を上げると、声の主は頭を下げていた。
「お前の特性を知っていながら、何も警告をしなかったこと。それで、お前が危険に巻き込まれたこと。全部、オレのせいだ」
まっすぐすぎる謝罪に、結菜は何と答えたら良いかわからなかった。
先生は、悪くない。
そう言っても、多分正解じゃないのは直感的に分かった。でも、それ以上何を言えるかと考えても、結菜から言葉は出てこなかった。
「なに、そのお偉いさんの人を庇うみたいな言い方。どこぞの秘書みたいな」
呆れた声で割って入ってきた宮道先生は、お盆を持っていた。ふわりと甘い香りが漂った。
「そんな謝罪されても、結菜ちゃんも困るんと違うか、三善」
「……それでもオレが悪かったことに変わりはない」
「ほんまに頑固なやつやな。とりあえず、これ飲んで頭冷やせ」
無理やり手元に持たされた湯呑を見ている三善先生の表情は相変わらず暗い。
「結菜ちゃん、葛湯は飲める人?」
「え、あ、はい」
「良かったわぁ。こいつ、具合が悪い時はこの葛湯しか飲まへんのや。まぁ、わかりやすくて、ええんやけど」
手渡された湯呑からほのかに柚子の香りが鼻腔をくすぐった。ほっとするような香りに導かれて、結菜は一口飲んだ。葛が溶かされているからか、少しだけもったりしている。甘さと温かさが体に染みわたっていく。
三善先生をちらりとみると、先生も気まずそうな顔のまま、飲んでいた。
「で、これからどないするん?」
ベッドの脇に胡坐で座った宮道先生は葛湯を飲みながら、真剣な顔で三善先生を見ていた。問われた三善先生は湯呑を見たまま、じっと黙っていた。
「だんまりはあかんで。女の子の前では、特に。モテん男がすることや」
「別にモテたいとか関係ないだろ、今は」
「なんやおしゃべりできるやん。それで、どうするん?」
「どうするって言っても、できることは限られているだろ」
ちらり、というより、じろりと三善先生に見られた。品定めするような、不安を隠しているような目が離れない。
「……日下部は、本当に術者になりたいんだな?」
「はい」
姿勢を正して返事をした。
初めて自分で決めたこと。できれば達成したい。
結菜にあるのはそれだけだった。
結菜の想いが伝わったのかわからないが、軽く息を吐いてから三善先生が言った。
「わかった。とりあえず明日から修行を始めるか。こういうのは早い方が良い」
「え、でも、先生の体調」
「明日から放課後化学準備室に通え」
有無を言わぬ圧力が籠った言葉に、結菜は頷くしかできなかった。
「三善の体調なら、大丈夫やから心配しなさんな。俺が送ってくから、帰るで」
宮道先生に背中を押されて、結菜は部屋を出た。部屋の扉を締める直前、振り返って三善先生を見たが、何か難しい顔をして湯呑をじっと見ていた。



