「というわけで、今日から古文担当させていもらいます宮道です。よろしゅう」

 宮道先生の唐突な登場はクラスのみならず、学校全体が騒いだ。

「宮道先生は関西出身ですか?」
「違うで。ただ関西での生活が関東よりもちょびっと長かっただけや」
「先生はどうして先生になったんですか?」
「なりたいもんがあったからや」

 屈託のない笑みは女子生徒たちを虜にした。

「質問は休み時間にでも受け付けんで。今は授業しよか」

 五分ほど質問に回答したところで、古文の授業が始まった。授業は宮道先生のキャラクターに引っ張られてか、いつもよりも授業にクラスのほとんどが夢中になった。

 解説が面白いのか、教えるのが上手いのか、苦手意識があったのに今日はすんなり頭に入ってくる。結菜自身もいつもよりも集中して授業を受けることができた。
 古文の授業が終われば、すぐにまた宮道先生は質問攻めにあった。困っているようでも、楽しんでいるようでもない。人が好きな先生だと感じさせてくれるからか、質問が止まる気配はない。

「あの、宮道先生?」

 割って入ってきたのは、三善先生だった。穏やかな笑みは少し困ったように眉を下げていた。

「ああ、すんません。人気をとってもうて」
「……次の授業が始まりますよ?」

 三善先生に軽く頭を下げてから、宮道先生は質問会を閉じて、教室を出て行った。少しのざわめきを残しながらも、化学の授業が始まった。化学以外の授業はいつもと変わらずに進み、午前中の授業が全て終わった。

 昼休みはあちこちで宮道先生が話題に上った。無理もない。若い男の先生がただでさえ少ない。そこに足されるとなると当然のごとく発生するのが派閥だった。

「結菜は、宮道先生と三善先生、どっち派?」
「え?」
「糸目っぽいけど、あの緩さが何とも言えないし、裏表もなさそうなところがまた良いじゃん。顔も整っている方だし、くせっ毛も相まって猫っぽさがあるよね。三善先生はやっぱりメガネがマイナス点だけど、あのふんわりとした雰囲気が包み込んでくれるところはありそうじゃない?」

 熱く語る茉優は、何を妄想しているのか少し浮かれているように見えた。その証拠にお弁当がさっきから食べ進んでいない。結菜はお弁当の唐揚げをつまんで口に入れた。時間を置いているからか、揚げたてのようなカリッとしていない。でも味がしみ染み込んでいて、美味しい。

「結菜はどっち派? ちなみに、わたしは圧倒的に宮道先生派」
「どっち……」

 ほうれん草のソテーを食べながら、結菜は考えた。考えあぐねていると、茉優がウィンナーを口に入れて訊いてきた。

「三善先生は? よく化学準備室に呼ばれてるし」

 三善先生の名前が出て、結菜は眉間にきゅっと皺を寄せた。

「んー、ないかなぁ」
「だよねぇ」

 けらけらと笑いながら、別の話題を話し始める茉優に結菜は安心した。
 多分、茉優が考えているような理由は当てはまらない。
 茉優たちが三善先生の裏の顔を知ったら、どんな顔をするんだろうか。
 大変態度が悪く、粗野で、口が悪い。
 三拍子そろったときに夜に会うと、ヤから始まるお仕事の人のようにしか見えない。きっと三善先生かもしれないと思っても、さっと目を反らすに決まっている。

 でも。
 ミニトマトを口の中に放り込んで結菜はゆっくり咀嚼する。
 三善先生がヒーローに見えた。
 それは、今のところ結菜しか知らない秘密だった。
 どうしたら、あんなふうになれるんだろうか。

 頭の片隅にぽつんと疑問が残っているのを感じながら、結菜は茉優と来る学年末テストに向けて、世界史の一問一答を出し合い始めた。