引き付けろ。今の自分にできることをしろ。
震える唇を懸命に動かした。
「何を訊きたいの?」
「……いいねぇ。おもしろい」
三善先生に向かう足の動きが止まった。つま先が結菜に向いた。
「ボクは知りたいんだ。どうして、人間が恋をするのか」
「……なんで?」
唐突な質問に、耳がおかしくなったか。結菜は思わず眉間にギュッと皺を寄せる。結菜のことを特に気にすることもなく、夜叉丸が結菜に訊いた。
「恋って、子孫繁栄のためか、それとも自己満足のために必要なの?」
「難しいことを聞くのね」
余裕なんてない。
今の話の仕方も真似ているだけ。だけど、真似た相手を自由に動けるようなことだけはしておきたい。
「恋って、脳で考えるの?」
「違うんじゃないかな」
「じゃあ、どこで考えるの?」
「考えないの。いつの間にか芽生えた気持ちよ」
「気持ち?」
「恋は気持ちの一つなの」
「どんなふうに感じるの?」
「それはね」
体も結菜に向いた。目も。
少しずつ興味が三善先生から離れていく。その証拠に一歩一歩結菜に近づいてきて話していた。距離が縮まるほど、恐怖が増していく。
でも、悟られてはいけない。悟られたら、あっという間に巻き取られてしまう。
恐怖をごまかすように、結菜はそっと自分の胸に両手を当てた。
「温かい気持ちになるの」
「そんな顔もするんだ。それが恋なのかな?」
わかりません。
知るわけがないでしょう。
こちとら、女子校に入ってから今日まで同年代の男子と関りがないですからね。
恋について話すのは、少女マンガの知識でしかないからねっ。
でも、茉優と話したり、他のクラスメイトから聞いたりした話を記憶の中から総動員させるしか方法はない。
「ボクも恋を知りたいな。恋を知ったら、人間をもっと理解ができそう」
あと数歩で目の前だ。臆するな。今はできることをやらないと。
「恋は、人を幸せにしてくれるの」
「へぇ。それが、そんな顔をさせるんだね?」
小首を傾げて興味深そうな目で結菜をじっくりと見て来る夜叉丸に気持ち悪さを感じながらも、目を反らさない。
「知りたいな、ボクも」
夜叉丸が結菜に手を伸ばそうとした時、夜叉丸の後方からボヒュッと情けない爆発音が聞こえた。夜叉丸の肩越しに音がした方を見ると、結菜が張らされていた結界の中が白煙に満たされていた。
「あーあ。ジ・エンド」
ガタッと白煙の向こう側から三善先生の背中が見えた。動く気配はない。
「い」
嫌っと叫んだのか、それとも悲鳴を上げただけなのか、結菜にはわからなかった。ただ目の前の事実を受け入れられず、喉の奥から言葉にならない声を上げるしかできなかった。
駆け寄ろうとしても、鳥籠の結界がそれを拒んだ。何度も何度も手のひらで叩く。ジンジンと痛みが走るが、今は気にしていられない。
なんとか三善先生の無事を確認したい。
ただ、それだけだった。
結菜の必死さを嘲笑う声が聞こえてきた。睨みつけるように視線を近場に戻すと、夜叉丸が手を叩いて面白おかしく笑っていた。
「これ、これが恋かっ。人を絶望の淵に追いやるための、最高の感情じゃないかっ」
眦に浮かぶ涙を手の甲で拭って、夜叉丸は細めた目で結菜を見た。
「さいこーだね?」
ぶん殴ってやりたい。今すぐ。
乱暴な感情が自分の中に渦巻いて、暴れた。
許さない。許しちゃいけない。こいつを今すぐ。
「でも、原因は君が張った結界だからね?」
どこか他人事のように言ってのけた夜叉丸を結菜は茫然と見た。
「そんな顔しなくても。君の声で、君の呪力で間違いなく作ったでしょ?」
「違う」
「違わないよ。あれだけの頑丈なものを作れるほどの呪力量を持っていたんだ。壊そうと術を使えば反射するように組み込まれた超強力結界は、君が作ったんだ」
「ち、ちがう」
「忘れちゃった? それとも他責にしたいだけ? でも、今更結果は覆らないよ。二人とも、君のせいで、死んだんだ」
「ち」
違うと言葉がそれ以上続かなかった。
結菜が巻き込まれたところを、先生たちは助けに来てくれた。
足手まといになった結菜を安全な場所に置いて、夜叉丸から守ろうとしてくれた。
それなのに、自分がやったことと言えば。
「好きな人が死ぬのがこれだけ人間に影響するとは。うんうん、ボクも一つ賢くなったかな」
夜叉丸の言葉が大きな刃となって結菜の心に深く突き刺さった。それを認めるかのように膝に力が入らなくなって、座り込んだ。
ひやりとした体育館の床に手をついた。ぼたぼたと手に水が降ってきた。
それが涙と気づくのに、そんなに時間がかからなかった。
ポシュッと気の抜けた音が聞こえたが、今はどうでも良い。溢れ出て来る涙さえ気にならない。
「かわいそうな君。ボクが慰めてあげよう」
軽くノックをしただけで、夜叉丸は鳥籠の結界を壊すと、結菜の頭に向かって手を伸ばした。
「いい加減にしてもらおうか」
感情を一切排除した、冷たい声。
「ほんまやで。女の子を泣かすとは生物として許されへんと違う?」
呆れたような、好戦的な声。
二つの声につられたように結菜が顔を上げると、夜叉丸の首が両脇から得物を突きつけられていた。
震える唇を懸命に動かした。
「何を訊きたいの?」
「……いいねぇ。おもしろい」
三善先生に向かう足の動きが止まった。つま先が結菜に向いた。
「ボクは知りたいんだ。どうして、人間が恋をするのか」
「……なんで?」
唐突な質問に、耳がおかしくなったか。結菜は思わず眉間にギュッと皺を寄せる。結菜のことを特に気にすることもなく、夜叉丸が結菜に訊いた。
「恋って、子孫繁栄のためか、それとも自己満足のために必要なの?」
「難しいことを聞くのね」
余裕なんてない。
今の話の仕方も真似ているだけ。だけど、真似た相手を自由に動けるようなことだけはしておきたい。
「恋って、脳で考えるの?」
「違うんじゃないかな」
「じゃあ、どこで考えるの?」
「考えないの。いつの間にか芽生えた気持ちよ」
「気持ち?」
「恋は気持ちの一つなの」
「どんなふうに感じるの?」
「それはね」
体も結菜に向いた。目も。
少しずつ興味が三善先生から離れていく。その証拠に一歩一歩結菜に近づいてきて話していた。距離が縮まるほど、恐怖が増していく。
でも、悟られてはいけない。悟られたら、あっという間に巻き取られてしまう。
恐怖をごまかすように、結菜はそっと自分の胸に両手を当てた。
「温かい気持ちになるの」
「そんな顔もするんだ。それが恋なのかな?」
わかりません。
知るわけがないでしょう。
こちとら、女子校に入ってから今日まで同年代の男子と関りがないですからね。
恋について話すのは、少女マンガの知識でしかないからねっ。
でも、茉優と話したり、他のクラスメイトから聞いたりした話を記憶の中から総動員させるしか方法はない。
「ボクも恋を知りたいな。恋を知ったら、人間をもっと理解ができそう」
あと数歩で目の前だ。臆するな。今はできることをやらないと。
「恋は、人を幸せにしてくれるの」
「へぇ。それが、そんな顔をさせるんだね?」
小首を傾げて興味深そうな目で結菜をじっくりと見て来る夜叉丸に気持ち悪さを感じながらも、目を反らさない。
「知りたいな、ボクも」
夜叉丸が結菜に手を伸ばそうとした時、夜叉丸の後方からボヒュッと情けない爆発音が聞こえた。夜叉丸の肩越しに音がした方を見ると、結菜が張らされていた結界の中が白煙に満たされていた。
「あーあ。ジ・エンド」
ガタッと白煙の向こう側から三善先生の背中が見えた。動く気配はない。
「い」
嫌っと叫んだのか、それとも悲鳴を上げただけなのか、結菜にはわからなかった。ただ目の前の事実を受け入れられず、喉の奥から言葉にならない声を上げるしかできなかった。
駆け寄ろうとしても、鳥籠の結界がそれを拒んだ。何度も何度も手のひらで叩く。ジンジンと痛みが走るが、今は気にしていられない。
なんとか三善先生の無事を確認したい。
ただ、それだけだった。
結菜の必死さを嘲笑う声が聞こえてきた。睨みつけるように視線を近場に戻すと、夜叉丸が手を叩いて面白おかしく笑っていた。
「これ、これが恋かっ。人を絶望の淵に追いやるための、最高の感情じゃないかっ」
眦に浮かぶ涙を手の甲で拭って、夜叉丸は細めた目で結菜を見た。
「さいこーだね?」
ぶん殴ってやりたい。今すぐ。
乱暴な感情が自分の中に渦巻いて、暴れた。
許さない。許しちゃいけない。こいつを今すぐ。
「でも、原因は君が張った結界だからね?」
どこか他人事のように言ってのけた夜叉丸を結菜は茫然と見た。
「そんな顔しなくても。君の声で、君の呪力で間違いなく作ったでしょ?」
「違う」
「違わないよ。あれだけの頑丈なものを作れるほどの呪力量を持っていたんだ。壊そうと術を使えば反射するように組み込まれた超強力結界は、君が作ったんだ」
「ち、ちがう」
「忘れちゃった? それとも他責にしたいだけ? でも、今更結果は覆らないよ。二人とも、君のせいで、死んだんだ」
「ち」
違うと言葉がそれ以上続かなかった。
結菜が巻き込まれたところを、先生たちは助けに来てくれた。
足手まといになった結菜を安全な場所に置いて、夜叉丸から守ろうとしてくれた。
それなのに、自分がやったことと言えば。
「好きな人が死ぬのがこれだけ人間に影響するとは。うんうん、ボクも一つ賢くなったかな」
夜叉丸の言葉が大きな刃となって結菜の心に深く突き刺さった。それを認めるかのように膝に力が入らなくなって、座り込んだ。
ひやりとした体育館の床に手をついた。ぼたぼたと手に水が降ってきた。
それが涙と気づくのに、そんなに時間がかからなかった。
ポシュッと気の抜けた音が聞こえたが、今はどうでも良い。溢れ出て来る涙さえ気にならない。
「かわいそうな君。ボクが慰めてあげよう」
軽くノックをしただけで、夜叉丸は鳥籠の結界を壊すと、結菜の頭に向かって手を伸ばした。
「いい加減にしてもらおうか」
感情を一切排除した、冷たい声。
「ほんまやで。女の子を泣かすとは生物として許されへんと違う?」
呆れたような、好戦的な声。
二つの声につられたように結菜が顔を上げると、夜叉丸の首が両脇から得物を突きつけられていた。



