新しいルーティンが組み込まれてから、ようやく迎えた学年末テスト最終日。

 それは、これまで以上の地獄だった。
 バレーボールの練習の時だけだけではなく、練習後に走りながら結界を張らされるようになると、家につく頃には眠気が限界に近づいていた。

 ようやく迎えた学年末テスト初日から散々だった。

 眠気はエナドリで乗り越え、叩き込んだ単語や用語を駆使して、政治経済・世界史B・英語表現を終えた。多分、大丈夫。不安なのは、コミュニケーション英語・英語総合・現代文・古典・数学ⅡB・化学・保健体育だ。暗記系科目もありつつ、頭を駆使しないといけない科目たちだった。

 最終日は午前中二科目だけだったけども、午後はこのまま球技大会が始まる。
 前の席に座っている茉優も、初日からグロッキー気味だった。その証拠に机に突っ伏したまま、動かない。結菜も同じような格好をしながら、目だけで回りを見ると、割と似たような状態の子が多い。

「茉優、お昼食べて体育館に行かないと」
「えー、だるい。もう帰って寝たい」

 本音が飛び出しつつも、のそのそと体を起こし、鞄の中に教科書やノートを入れ始めた。鞄を枕代わりにしていた結菜も詰め始める。

「あー、しまった。お弁当を持ってくるのを忘れた」
「マジか。どんまーい。学食行く?」
「そーしよー」

 疲れすぎて朝も寝ぼけていた自分にがっかりしながら、茉優と共に重い足取りで教室を出た。
 学食にはバラエティに富んだメニューがあり、朝や夕方の部活終わりの子たち用におにぎり、おやつに和菓子やパフェもある。お昼ご飯時には定番ランチ、日替わりランチ合わせて七種類もあるから、毎度何を食べようか悩む。

「生姜焼き定食……親子丼も捨てがたい」
「相変わらず、ガッツリ系だね」

 サンプルとして置かれているものを見ているだけで胃もたれしそう……。

「そっちこそ、少食すぎるよ。この後球技大会に向けてのラストスパートだし」
「とはいっても」

 その後に術者訓練があることを思い出すと、確かに食べておかないと辛い。でも疲れすぎて食べる気にもなれない。
 ミニパスタだけ選んだ結菜は、大盛りの親子丼を選んだ茉優と共に窓際の席に陣取った。

「球技大会って一時からだっけ?」

 頬をリスのように膨らませて、頬張る茉優の目には力が戻っている。半分も食べられないパスタをフォークでつつきながら、結菜は頷いた。

「このボロボロの体で、自分よりも若い学年と戦うことになろうとは」
「そこは一年の経験で勝つしかないけどね」

 睡眠不足のせいか、これまでの猛練習の疲れからか、モリモリと食べている茉優と同じく結菜も自信はない。
 時計を見れば、もうすぐで集合時間だった。二人は慌ててお昼ご飯を食べ終えて、体育館に向かった。体育館はテストからの解放感か、それとも球技大会への熱量からか、試合前の練習にどのクラスも熱が入っていた。結菜たちもクラスの集合場所に集まったが、すぐに準備運動が始まった。

 誰一人、ケガもなく、病気をすることもなく、今日を迎えた。晴れ晴れしている顔が円陣で見ることができると、結菜もどこか気持ちを緩めることができた。
 球技大会は時間もないので、トーナメント戦。学年につき三クラスしかないので、あまり試合数もない。ついでにワンセットマッチだから試合の進みは意外と早い。
 結菜たちのクラスは一回戦第二試合。前の試合は実力差がありすぎるからか、相手チームを見ているとかわいそうに思えて来る。しかも同学年だと余計に。
 結果二年生が負けると、チームの誰もが悔しさを前面に出しながら、参りましたとと頭を一斉に下げた。
 
 これが、仁義なき戦い、と呼ばれる所以である。
 負けた側は勝った側に参りましたと頭を下げなければならない。後輩に負けた時の先輩の立場と言ったら一瞬で消え去ってしまう。だから、二年生は負けられないし、一年生は参りましたと言わせたいという状況になり、練習にも熱が入る仕組みとなる。

「あー、あれだけは回避したい」

 茉優が嘆くのもそのはず、一回戦は決まって一年生対二年生。もしかしたら、決勝よりも盛り上がることも多い。

「よーし、円陣組むよー!」

 チームリーダーの張り切った声が聞こえた瞬間、体育館の灯りがバチンと消えた。

「なになに?」
「ブレーカーはっ」

 あちこちで悲鳴や慌てた声が上がる。

「ていうか、暗すぎじゃない?」

 茉優の一言で、結菜は咄嗟に体育館の窓を見ると、遮光カーテンで綴じられていないにもかかわらず、真っ暗だった。
 月も太陽もない。まるで真っ暗な帳でも降りているかのような。
 そこまで気づいて、結菜が慌てて後ろを振り返ると、一人また一人とトンネルに飲み込まれていくように消えていく。

「茉優っ」

 すぐそばにいた茉優に手を伸ばそうとしたが、一歩遅く呑み込まれていってしまった。
 徐々に迫りくる影に結菜は慌てて距離を取った。
 どうしよう。すぐにここから脱出しないと。
 当たりをキョロキョロ見回しても、出口らしきものは見当たらない。三コートあった体育館は、真ん中のコートを残しているだけで、それもすぐに飲み込まれそうだった。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 公園の時だって結界は張れた。
 今だって、できる。
 結菜は一回深く深呼吸をして、唱えた。

「結界」

 待てど暮らせど結界はできなかった。
 
 どうしよう。なんで、できないの。同じじゃん。同じように言ったし、何なら体力はあの時よりもあるのに。
 何度も結界と叫んでも、結界を張ることができなかった。
 やっぱり、才能なんてなかったんだ。
 ぐっと奥歯を噛みしめて、涙をこらえながら、迫りくる影を睨んだ。
 
 もう一回だけ。
 
 そう決めた時、けたたましい音が鳴り響いた。