俯いていた顔をゆっくり上げて三善先生をしっかりと見た。意外そうな顔をした先生がいた。ぽんと軽く肩を叩かれて振り返ると、宮道先生は少しばかり心配した顔をしていた。
これはどんな反応だろうか。
「まぁ、いいか。とりあえず、今日からやるぞ」
「え? 何をですか?」
「結界練習」
「え、覚えるだけじゃないんですか?」
「覚えるのと反復練習だっつっただろうが。さっさと行くぞ」
半ば連行されるようにして結菜は先生たちに家の近くの公園まで連れて行ってもらった。
街灯がぽつりぽつりとついているだけの夜の公園は、不気味だった。今にも木の影から何かが出てきそうな感じもある。
静かな公園に、響き渡るのは三善先生の舌打ちと、宮道先生の応援だけ。それはそれで、良い大人が何をしているのか気になるほどだ。
「センスねぇ」
三十分くらい繰り返した頃にようやく休憩を入れてもらうことができた。肩で息をしながら先生たちを視るが、息一つ乱していない。これが経験の差というものだろうか。じろっと上目遣いで二人を見ると、準備運動のように体を動かしていた。これ、まさか準備運動レベルでしたか。
「センスの無さは磨けば何とかなるし、才能がないって嘆いている暇があれば、修行してなんとかするしかないだろ」
三善先生って、意外と脳筋系だったんですね。
有無を言わさず、訓練が再開された。ひたすら結界を張っていた休憩前とは違い、攻撃を受けないように走りながら、結界を張るというハードモード訓練に変わっていた。
「足止まってんぞ」
「ちょ、ちょっと……休憩をください」
「は? そんな暇あるか?」
「三善、落ち着けって。結界を張るのも体力いるし、休憩しようや」
宮道先生が三善先生の肩を叩いて、一度休憩時間を設けてくれた。フラフラの足取りで、滑り台の階段に結菜は座り込んだ。
「結菜ちゃん、結界ってどんなイメージで作っとる?」
宮道先生の問いに結菜は首を傾げた。
「結界って言うても、言うた本人がイメージできてへんとできひんもんや」
「そうなんですか?」
「せやせや。半球っぽいんを思い浮かべる人もおるし、俺みたいに鳥籠をイメージするヤツもおる。まずはそのイメージをきっちり思い浮かべることが大事なんや」
「そのくらい常識だろ」
呆れたように言った三善先生を見て、それすら初歩だと言うことに結菜は気づいた。
大事なことは早く言ってください。
苦虫を嚙み潰したようになった顔を両手で揉み解して、じっと地面を睨みつけた。
結界を張ったこともない。どんな形状かをイメージすることもしたことがない。ないないだらけの自分が術者を目指そうだなんて、無理だったんだろうか。
「まずは、絵に描いてみることからやってみ」
「そうだな。明日の訓練の時にはその絵を見せてもらうか」
宿題まで出されたところで、今日の訓練は終わりにすることになった。
小鹿のように震える足を叱咤激励しながら、結菜が先生たちの元に行こうとしたところで、妙な寒気を感じた。雨でも降りだすのだろうか。空を見上げても、星が瞬いていた。
「日下部、結界っ」
三善先生の声につられて、前に視線を戻すと、目の前には妖がいた。フードを被り、顔すら見えない相手は大きな鎌を手に持ったまま、ゆらゆらと歩いてきていた。そいつの足元には犬の妖だろうか。肉とも骨とも見えぬ状態になっていた。もし現実のモノであれば腐敗臭が漂っているに違いない。
足が震えているのは、走り込んだ後だからか、それとも妖がいるせいだろうか。奥歯がガタガタしている。
怖い。怖い。怖い。
さっきまで練習していた言葉すら、口から出てこない。
鎌を持った妖は確実に結菜との距離を詰めてきている。錆びた鎌が月明かりで鈍く光っているのが見えた。
切られたら、絶対痛いだろうな。切られたくないな。
両手をギュッと胸の前で握ると目を瞑った。
「三善っ」
これはどんな反応だろうか。
「まぁ、いいか。とりあえず、今日からやるぞ」
「え? 何をですか?」
「結界練習」
「え、覚えるだけじゃないんですか?」
「覚えるのと反復練習だっつっただろうが。さっさと行くぞ」
半ば連行されるようにして結菜は先生たちに家の近くの公園まで連れて行ってもらった。
街灯がぽつりぽつりとついているだけの夜の公園は、不気味だった。今にも木の影から何かが出てきそうな感じもある。
静かな公園に、響き渡るのは三善先生の舌打ちと、宮道先生の応援だけ。それはそれで、良い大人が何をしているのか気になるほどだ。
「センスねぇ」
三十分くらい繰り返した頃にようやく休憩を入れてもらうことができた。肩で息をしながら先生たちを視るが、息一つ乱していない。これが経験の差というものだろうか。じろっと上目遣いで二人を見ると、準備運動のように体を動かしていた。これ、まさか準備運動レベルでしたか。
「センスの無さは磨けば何とかなるし、才能がないって嘆いている暇があれば、修行してなんとかするしかないだろ」
三善先生って、意外と脳筋系だったんですね。
有無を言わさず、訓練が再開された。ひたすら結界を張っていた休憩前とは違い、攻撃を受けないように走りながら、結界を張るというハードモード訓練に変わっていた。
「足止まってんぞ」
「ちょ、ちょっと……休憩をください」
「は? そんな暇あるか?」
「三善、落ち着けって。結界を張るのも体力いるし、休憩しようや」
宮道先生が三善先生の肩を叩いて、一度休憩時間を設けてくれた。フラフラの足取りで、滑り台の階段に結菜は座り込んだ。
「結菜ちゃん、結界ってどんなイメージで作っとる?」
宮道先生の問いに結菜は首を傾げた。
「結界って言うても、言うた本人がイメージできてへんとできひんもんや」
「そうなんですか?」
「せやせや。半球っぽいんを思い浮かべる人もおるし、俺みたいに鳥籠をイメージするヤツもおる。まずはそのイメージをきっちり思い浮かべることが大事なんや」
「そのくらい常識だろ」
呆れたように言った三善先生を見て、それすら初歩だと言うことに結菜は気づいた。
大事なことは早く言ってください。
苦虫を嚙み潰したようになった顔を両手で揉み解して、じっと地面を睨みつけた。
結界を張ったこともない。どんな形状かをイメージすることもしたことがない。ないないだらけの自分が術者を目指そうだなんて、無理だったんだろうか。
「まずは、絵に描いてみることからやってみ」
「そうだな。明日の訓練の時にはその絵を見せてもらうか」
宿題まで出されたところで、今日の訓練は終わりにすることになった。
小鹿のように震える足を叱咤激励しながら、結菜が先生たちの元に行こうとしたところで、妙な寒気を感じた。雨でも降りだすのだろうか。空を見上げても、星が瞬いていた。
「日下部、結界っ」
三善先生の声につられて、前に視線を戻すと、目の前には妖がいた。フードを被り、顔すら見えない相手は大きな鎌を手に持ったまま、ゆらゆらと歩いてきていた。そいつの足元には犬の妖だろうか。肉とも骨とも見えぬ状態になっていた。もし現実のモノであれば腐敗臭が漂っているに違いない。
足が震えているのは、走り込んだ後だからか、それとも妖がいるせいだろうか。奥歯がガタガタしている。
怖い。怖い。怖い。
さっきまで練習していた言葉すら、口から出てこない。
鎌を持った妖は確実に結菜との距離を詰めてきている。錆びた鎌が月明かりで鈍く光っているのが見えた。
切られたら、絶対痛いだろうな。切られたくないな。
両手をギュッと胸の前で握ると目を瞑った。
「三善っ」



