翡翠の骨を墓に埋めた後、わたくしは熱が再びぶりかえして、数日寝込みましたが、蘿月様がずっと傍にいてくださって、芙蓉さんは罪滅ぼしのように、闘いのためにぼろぼろになった神社を綺麗にしていました。その間、躑躅さんは椎名の家の様子を見てくださったのですが、お義母様はもう自力で立つことは叶わないようではありますが、一命を取り留めたようです。これで人から与えられる痛みを分かる人になればいいと思ったものですが、三十年かけてあの性格になったのですから、やはりそうもいかないようで、わたくしに復讐すると、ほたると一緒に騒いでいるようでしたが、その度にお父様にひどく叩かれているようでした。あれに手を出したら今度こそ我らは死ぬ、なぜそれが分からんのだ、とお父様は言って、特にほたるを叩き、その度にほたるが喚き散らしているようですが、なんにせよ、ほたるは虎の威を借る狐でしかありませんので、彼女自身に復讐などできないでしょう。借金地獄の彼らは、人を雇って何かできるはずもなく、金剛は黙々とほたるの分まで夜逃げのための荷造りをしているとのことでしたので、彼らは横浜からもいなくなり、きっとどこかの田舎を転々として暮らすのでしょう。いい気味だとは、思えませんでしたが、それでも、わたくしは愛する人のために生きる、という選択をしたことに後悔はありませんでした。
「琥珀さん。はい、右足。遅いです」
「は、はいっ」
わたくしが稽古をしている傍で、躑躅さんが巫女装束を縫ってくださっています。蘿月様は、嶋神社から流れてくるお客様のお祓いに忙しいようですが、合間を縫ってわたくしの稽古の様子を見てくださっていて、そのおかげで稽古にはとてもやる気が出ました。
志貴の亡き後、そこで働いていた神職の多くが行方不明になり、おそらくあの闘いの後逃げたのだと思いますが、あの神社はがらんどうになりました。女中たちもわたくしたちが相手をしないと分かると、諦めて荷物をまとめて逃げ出したようで、今ではあの神社には、残った品を目当てに盗みを入る者が多く、地域の者たち皆、近寄ったら危ない場所と認識しているようでした。手入れをする者がいなくなった建物は、いずれ雨風に晒されて朽ちていきますので、わたくしが四年という月日を過ごした場所もいずれそうなるのでしょう。しかし、特別何か思うことはなく、そうなのだろうと思うだけでした。
「琥珀。少しは休め」
「でも、少し、踊りが楽しくなってきまして。せっかく鎌倉の方々に認識してもらえる機会なのですから、頑張りたくて」
蘿月様は、わたくしを見るたびに、優しく笑います。元気になってくれて嬉しい、愛おしい、長く生きてほしい。その目に宿った願いはくすぐったく、わたくしもまた、愛おしいと思います。躑躅さんも、志貴が死んだと、椎名の家が落魄したと分かった途端、これまでに増して明るくなりましたので、活発な芙蓉さんがいることもあり、神社はいつも賑やかです。
「わたくし、この神社にずっと続いてほしいので。やはり何としても、神社合祀は避けたく」
わたくしが名のある人物にならなければならない理由は、もうなくなりました。ですから、今度からは、愛おしい場所を守り、経営を助けることだけ考えればよくなりましたので、舞の練習も気が楽で、そして楽しくなったのでした。同時に、わたくしが無力なだけの人間でないと思うことができるようになり、今度は自分を愛せるようになりたいと、皆が大切にしてくれるわたくしを愛したいと思うのでした。
やがて大晦日が近づいた頃。神社の境内は多くの人が集まっていて、舞のために立てた台の上に、わたくしは立ちます。蘿月様に行ってこいとばかりに背中を押され、ほんの少し、彼に向かって微笑みました。
お守りを売っている躑躅さん。ただ鳥居の前で一礼だけして、出ていこうとする芙蓉さん。見に来てくださった、喜助さんと太一さん。舞を見に来てくださった皆さん。すべての人に、神秘的な、うつくしい動作になるように礼をして、わたくしは舞を始めます。
愛おしい蘿月様。来世もその次も、どうかわたくしを見つけてくださいね。そして前世と今のわたくしを、救ってくださり、ありがとうございます。これは、あなたという神に捧げる、かんなぎの踊りでございます。あなたの生に彩りを。あなたがこれからもずっと、生きてゆけるように。わたくしを愛してくださいますように。
捧げた祈りに、蘿月様はやさしく、微笑んでくださいました。
「琥珀さん。はい、右足。遅いです」
「は、はいっ」
わたくしが稽古をしている傍で、躑躅さんが巫女装束を縫ってくださっています。蘿月様は、嶋神社から流れてくるお客様のお祓いに忙しいようですが、合間を縫ってわたくしの稽古の様子を見てくださっていて、そのおかげで稽古にはとてもやる気が出ました。
志貴の亡き後、そこで働いていた神職の多くが行方不明になり、おそらくあの闘いの後逃げたのだと思いますが、あの神社はがらんどうになりました。女中たちもわたくしたちが相手をしないと分かると、諦めて荷物をまとめて逃げ出したようで、今ではあの神社には、残った品を目当てに盗みを入る者が多く、地域の者たち皆、近寄ったら危ない場所と認識しているようでした。手入れをする者がいなくなった建物は、いずれ雨風に晒されて朽ちていきますので、わたくしが四年という月日を過ごした場所もいずれそうなるのでしょう。しかし、特別何か思うことはなく、そうなのだろうと思うだけでした。
「琥珀。少しは休め」
「でも、少し、踊りが楽しくなってきまして。せっかく鎌倉の方々に認識してもらえる機会なのですから、頑張りたくて」
蘿月様は、わたくしを見るたびに、優しく笑います。元気になってくれて嬉しい、愛おしい、長く生きてほしい。その目に宿った願いはくすぐったく、わたくしもまた、愛おしいと思います。躑躅さんも、志貴が死んだと、椎名の家が落魄したと分かった途端、これまでに増して明るくなりましたので、活発な芙蓉さんがいることもあり、神社はいつも賑やかです。
「わたくし、この神社にずっと続いてほしいので。やはり何としても、神社合祀は避けたく」
わたくしが名のある人物にならなければならない理由は、もうなくなりました。ですから、今度からは、愛おしい場所を守り、経営を助けることだけ考えればよくなりましたので、舞の練習も気が楽で、そして楽しくなったのでした。同時に、わたくしが無力なだけの人間でないと思うことができるようになり、今度は自分を愛せるようになりたいと、皆が大切にしてくれるわたくしを愛したいと思うのでした。
やがて大晦日が近づいた頃。神社の境内は多くの人が集まっていて、舞のために立てた台の上に、わたくしは立ちます。蘿月様に行ってこいとばかりに背中を押され、ほんの少し、彼に向かって微笑みました。
お守りを売っている躑躅さん。ただ鳥居の前で一礼だけして、出ていこうとする芙蓉さん。見に来てくださった、喜助さんと太一さん。舞を見に来てくださった皆さん。すべての人に、神秘的な、うつくしい動作になるように礼をして、わたくしは舞を始めます。
愛おしい蘿月様。来世もその次も、どうかわたくしを見つけてくださいね。そして前世と今のわたくしを、救ってくださり、ありがとうございます。これは、あなたという神に捧げる、かんなぎの踊りでございます。あなたの生に彩りを。あなたがこれからもずっと、生きてゆけるように。わたくしを愛してくださいますように。
捧げた祈りに、蘿月様はやさしく、微笑んでくださいました。



