月の女神に捧げる舞は大成功だった。美朝を見つめる誰もが感嘆のため息をつき、一挙手一投足に注目した。もとより双子だ。美朝と沙夜の入れ替わりに気づく者は一人もいなかった。
舞い終えた美朝に向かい、月祓宮の大巫女が問う。
「おぬしは鴛宮沙夜で間違いないか」
「はい。『私は鴛宮沙夜』です」
「嘘偽りなく祈りを捧げると、月の女神に誓うか」
「誓います」
沙夜がいなくなったと知れたら、儀式が中止になってしまう恐れがあった。だから美朝は沙夜のフリをする事にした。どうせ自分が月華の姫なのだ。選ばれた後に正体を表しても問題ない。
女神の廟の前に跪き、両手を組み合わせて祈りを捧げる。祝詞はすらすら口をついた。日輪の巫女として日頃祈っているからだ。
けれど次の瞬間、喉に燃えるような痛みが走って、美朝は悲鳴をあげた。
「あああああああっ!! 痛い、痛いぃぃぃっ!!」
喉を掻きむしって絶叫する。痛い。熱い。悲鳴が喉を引きちぎる。爪が肌を抉って血が滲んだが構わなかった。この苦しみから逃れられるなら何でもよかった。
「一体何が起きているんだ?」「やっぱり月華の姫なんて嘘っぱちなんだろ」「医者を呼んだ方がいいのか?」
舞台を囲んでいた人々がざわめく。誰も助けの手を伸べようとはしなかった。何が起きているのかわからないといった様子で、身悶える美朝を遠巻きにするばかりだ。
体をくの字に折り、美朝は何度も舞台を殴りつけた。
「ふざけないでふざけるなこの無能ども誰か私を助けなさいよおおおお!!」
脳髄を月光に浸されたように頭が痺れる。心臓は破裂しそうなほど脈打っていて、見開いた目玉が眼窩から零れ落ちそうだった。内臓は捻り潰され、口から血の混じった涎が溢れる。
誰もが固唾を呑んで美朝を注視していた時、舞台の上に人影が降り立った。
「その女は月の女神に対して嘘を述べた」
全てを圧する低い声。しんと静まった儀式の場に、固い革靴の音が響く。
「神を偽った罰だ。月華の姫の祈りでなければ、怒りを鎮める事はできまい」
討禍隊の軍服を纏った鴛宮影玄だった。金色の目には冷ややかな光を湛え、右手には抜き身の刀をさげている。
「ああああ嘘なんかついてない! 私が月華の姫なんだから!! お願いです影玄様! 私を選んで! 私を助けて!! 私が特別のはずでしょう!?」
縋りつく美朝を、影玄は穢らしい物を相手にしたかのように避ける。それから刀を納め、隣に立つ人影を恭しく舞台に押し出した。
「本物の月華の姫——鴛宮沙夜はここにいる」
美朝は声もなくその影を仰いだ。
月のない夜、ささやかにきらめく星彩が、少女のまとう千早の上で踊る。
自分が陥れたはずの姉が、凛とした顔で立っていた。
舞い終えた美朝に向かい、月祓宮の大巫女が問う。
「おぬしは鴛宮沙夜で間違いないか」
「はい。『私は鴛宮沙夜』です」
「嘘偽りなく祈りを捧げると、月の女神に誓うか」
「誓います」
沙夜がいなくなったと知れたら、儀式が中止になってしまう恐れがあった。だから美朝は沙夜のフリをする事にした。どうせ自分が月華の姫なのだ。選ばれた後に正体を表しても問題ない。
女神の廟の前に跪き、両手を組み合わせて祈りを捧げる。祝詞はすらすら口をついた。日輪の巫女として日頃祈っているからだ。
けれど次の瞬間、喉に燃えるような痛みが走って、美朝は悲鳴をあげた。
「あああああああっ!! 痛い、痛いぃぃぃっ!!」
喉を掻きむしって絶叫する。痛い。熱い。悲鳴が喉を引きちぎる。爪が肌を抉って血が滲んだが構わなかった。この苦しみから逃れられるなら何でもよかった。
「一体何が起きているんだ?」「やっぱり月華の姫なんて嘘っぱちなんだろ」「医者を呼んだ方がいいのか?」
舞台を囲んでいた人々がざわめく。誰も助けの手を伸べようとはしなかった。何が起きているのかわからないといった様子で、身悶える美朝を遠巻きにするばかりだ。
体をくの字に折り、美朝は何度も舞台を殴りつけた。
「ふざけないでふざけるなこの無能ども誰か私を助けなさいよおおおお!!」
脳髄を月光に浸されたように頭が痺れる。心臓は破裂しそうなほど脈打っていて、見開いた目玉が眼窩から零れ落ちそうだった。内臓は捻り潰され、口から血の混じった涎が溢れる。
誰もが固唾を呑んで美朝を注視していた時、舞台の上に人影が降り立った。
「その女は月の女神に対して嘘を述べた」
全てを圧する低い声。しんと静まった儀式の場に、固い革靴の音が響く。
「神を偽った罰だ。月華の姫の祈りでなければ、怒りを鎮める事はできまい」
討禍隊の軍服を纏った鴛宮影玄だった。金色の目には冷ややかな光を湛え、右手には抜き身の刀をさげている。
「ああああ嘘なんかついてない! 私が月華の姫なんだから!! お願いです影玄様! 私を選んで! 私を助けて!! 私が特別のはずでしょう!?」
縋りつく美朝を、影玄は穢らしい物を相手にしたかのように避ける。それから刀を納め、隣に立つ人影を恭しく舞台に押し出した。
「本物の月華の姫——鴛宮沙夜はここにいる」
美朝は声もなくその影を仰いだ。
月のない夜、ささやかにきらめく星彩が、少女のまとう千早の上で踊る。
自分が陥れたはずの姉が、凛とした顔で立っていた。



